◎第三十三話: 「トランペットと待ち遠しい」話
◎第三十三話: 「トランペットと待ち遠しい」話
もう六年前になるが、取引先の社長が八十四で亡くなって、ドイツケルン市までお葬式へ出掛けた事がある。私の人生を切り開くカギを呉れた人だから、恩人である。神戸から片道十七時間掛けて出席したのだから、案外私は義理堅い。
式場は野原の中の小高い丘の上にあり、周囲が開け放たれた簡素な建物であった。あちらのお葬式は、日本の祭壇とは大分違った。出席した時には、もう火葬が済まされていて、お骨が赤い金属製の容器に入れられてあった。式場は至る所が深紅の花で飾れていて、日本人の感覚では派手とも見えた。そんな処も、白い菊の花が好まれる日本とは印象が違う。
神父による低い声の挨拶はドイツ語で、私には意味が分からなかった。やがて、十字が切られた。
その後、社員の有志らしい若い人が数人前に進み出て、我々会葬者居るのとは反対側の広い野山に向けて音楽を奏し始めた。トランペットである: 私も良く知っている「夜空のトランペット」(ニニロッソ)が吹き鳴らされた。小雨で鉛色の空だったが、哀愁の籠る旋律は良く通り建物から外へ流れ出て、空と野山の中へ吸い込まれて行った。
しみじみと長く尾を引く旋律に聴き入りながら思った: そうかーーー、彼は死んで永久に消えてしまった訳ではない。ただ、向こうの空に霞む遠い山へ出掛けて行っただけなんだなーーー。
ソレが故人の好きな曲だった、と後で聞いた。印象的で、心にしみる好いお葬式だと思った。
*
「夜空のトランペット」は、作曲家でもあり演奏家でもあるニニロッソが有名である。若い昔に配偶者と一番高い席を買って、来日した彼の演奏を大阪のフェステイバルホールへ聴きに行った事がある。
評判の定着したそんな大御所の奏するトランペットも好いが、実は今の私は「日野皓正とオールスターズ」のトランペット演奏の方が、もっと好きだ。ちょっとしたアレンジの違いによって、同じ曲でも演奏が引き立つ感じがする。トランペットの間に挟まれるストリングスの響きも心地良いから、必ずしも大御所がベストとは限らないように思う。
好きで通勤の車の中でCDで聴いている。あまりしみじみと好い旋律だから、自分が死んだら葬儀会場で(お経の代わりに)「バックに流して貰おうかしらーーー」と考えた。
繰り返し聴く内に、凝り性だからとうとう待ち遠しくなり、早く死にたくなった。私の場合、トランペットを聴いた人は「旋律に乗せられて一旦ヤツは山がかすむ遠くへ行ったけれども、直ぐまた戻って来るだろう」と、期待を寄せるかも知れない。そうすると、葬式にならないかなーーー。
完
比呂よし