擦り傷
9.擦り傷
そんなわくわくする柔軟体操へのアドバイスをする位だから、男の考え方には柔軟性があった。男が他の社員と際立って違っていたのは、決して「閉口する」という事が無かった点だ。例えば:
①
「出荷しようと思ったのに、この製品にはすりキズがあるねえーーー」と、私が困惑すると:
「社長、簡単ですよ。ペーパーでこすってペイントをひと吹きすれば大丈夫、新品同様です」
「うむ、そうだなーーー。じゃ、そうしようか」
「女の化粧と同じです。壁を塗って口紅で仕上げたら、キズモノ女も処女同様。昼間の浮気のこすり傷なんか、黙ってりゃ夜の夫にはバレしまへん。ソコがちょっと赤くなってるなあと夫に気付かれたら、さっきトイレできつくこすり過ぎたのよ、と返せばよろしいわ」
彼は何時も女の味方で臨機応変である。
②
「関東地区に営業所を開設しようかと考えているんだがねーー」と、私が頭を悩ませると:
「社長、開くなら川崎市がベストですよ。来週にでも行って貸事務所を探して来ましょうか?」
日頃から考えてなければ、関西の人間が他の都市を差し置いて、瞬時に川崎市を指名して挙げられるものではない。そして、川崎市は確かにウチの商売にベストの地域だった。彼は一段上の社長と同じ高さの目線で、いつも市場を眺めていたからだ。行動力も素早い。これが人の能力というものである。
言い出しっぺが重要な仕事を任されるもので、開設して初代の所長に任命されたのは先の通りである。
③
「原因は良く分らないが、ポンプの電気系統が故障らしいーーー」と、私が難しげな顔をすると:
「社長、私は匂いで故障が判るんです、時間のある時にちょっといじくって見ますわ」
そう言って、根もとまで文学部のくせに、本当に複数台の故障品全てを直してしまったから、私は舌を巻いた。その気に成れば、他人のやれる事が自分にやれない筈は無い、という厚かましい自信を男は持っていた。
④
「A地区のアイツの売上げ成績が伸びないんだよなあーー」と、私が愚痴ると:
「社長、もう一人ソコへ追加して、人を入れたらよろしいねん。二人は言わずとも勝手に競争しまっせ。成績の悪い方は嫌になって辞めます。頑張って二人とも伸びたら大儲け、会社は損しまへん!」
彼は悪魔で、特技は「苛めっ子」。
⑤
「不振のB販売店をどうにかしないといけないなーーー」と、相談すると:
「社長、そこへ私が明日行って店主をひとひねりひねって来ますわ。女と同じですよ。裸になって話し合えばいいんですわ。ひねってもねじれんような堅物の店主なら、それ以上の説得は時間の無駄です。何時までも拘らずに、口説くなら外の新しい女を当たる方が早いでっせ! その時はB店を切りなはれ」
彼の話には何時も女が出てきてワクワクさせるだけでなく、決断するのに逡巡が無い。




