出世の階段
8.出世の階段
彼が、元々文学の方面に造詣が深いとは考えられなかった。が、三流大学の文学部出身で、何事もサスペンス小説風に考えながら仕事をしたから、それだけで文学部出身の値打ちがある、と言えたかも知れない。
サスペンスと創意工夫で、やがて関西地区で成績を上げ、一年後には社内のトップセールスマンにのし上がったのである。「キン蹴り」されるしか能が無いと思っていたから、周りが驚いた。私は気を良くして、密かにほくそ笑んだ:「案外、田んぼの中で金鉱を掘り当てたようなものだわいーーー。」
二年後腕を買われた男は、不振の関東地区の販売を任され、目鼻を付ける為に神戸から単身赴任した。関東支社の基盤固めと配下の出張所の充実で、そこでも期待以上の業績を上げた。数年後に後任も決めて神戸本社へ凱旋した。
神戸に戻って数日後彼の奥さんも一緒に招いて、私と配偶者は上等の夕食を彼らにふるまい、関東地区立ち上げの働きを労った。食事のテーブルで話題を振っても、奥さんは余り話さず、人慣れのしない温和しい性格の女性だった。彼女の前に座ったこっちは話を弾ませるのに苦労しつつも、二人がアンバランスな夫婦だと感じた。
食事が進む中、男の前の席に座っていた私の配偶者が訊ねた:
「ねえ、関東のお客さんは、どうだったの? 関西とはやっぱり気風が
違うかしらねえ?」
「いやあ、奥さん、エライ違いですわ。向こうの人は紳士です。何でも値切ってやろうというこっちの関西流のドケチ振りが恥ずかしいですわ。 向こうは遥かに先進国で、(セールスに)訪問したら毎回床の間に置かんばかりの大歓迎でした!」
「ふーん、凄い違いなのねえ」
「そこは外国みたいな処で、金持ちばっかりで貧乏人は一人もおりませ
んのや。」
「へえ、同じ日本なのにねえ、そんなに気風が違うものかしらねえーーー?」
「そら違います。金貨がザクザクしたサイフの口を開けて待っていてく
れるんですよ、僕が来るのを。何を買おうかいな、と言ってね。ですから、何でも直ぐに右から左へ、下から上へ羽が生えたみたいに製品が売れるんですわ!」
そんな人を食った返事をして、男は足取りもトントンと軽ろげに弾ませて、出世の階段を登り始めたのである。
直接の上役である私へ格別な遠慮をする事は無かった。仕事は営業だったが、担当業務外に対しても、男は柔軟な考えを持っていた。大部分の成分が固体で出来た堅苦しい私に、事ある毎に「女を作れーー」と何度か囁いた。ストレス解消と柔軟体操には何よりコレが一番らしいのだが、私の配偶者は柔らかいイカの刺身は好きな癖に、夫が柔らかくなり過ぎるのを嫌がった。




