そんな事はしてくれるな
3.そんな事はしてくれるな
感動で泣き出さんばかりの調子は少し大袈裟な気がする。女は、更に切々と述べた:
「そんなお人柄の人事課長の下で、もし働けていたらと思うと、不採用はご指摘の通り私の至らなさではありましたが、人生で大きな損失をした気が致します」
そう訴えられても、今更不採用の結果を再考することは出来ない。けれども長文のメールであったし、書いた本人の気持ちと労力を私は考えた。それで、私の方でも気持ちを込めて、しかし、敢えて短くこう返事をした:
「失業中の貴方のお気持ちは良く分かります。応募者の多くの人を採用出来ないのは、弊社としても残念ですが、致し方ありません。若いのですから元気をお出しなさい。貴方に適したお仕事はきっとあります。早く見つかるように祈ります」。 文字通り丁寧な、「三下り半」の拒絶であった。
意外にも、私の返信を受け取っても女からの通信は未だ終了しなかった。再びメールが来た。女は 「単なる自分の勝手な好意に過ぎないからーーー」と断って、自分の前職の関係者や知り合いにウチのXXX製品を、ウェブページから知識を仕入れて勉強し、勝手に紹介をやり始めたのである。ボランテイア精神で、メールを使って購入を勧め回り始めた。女のそんな活動を示すメールのコピーまでウチへ転送して来た。
私はこれにはいささか慌てた。トマトジュースや健康食品とは違うから、そんな程度でウチの(工業)製品が簡単に売れる程甘くはない。それで売れるなら営業マンは要らないし、第一難しい筆記試験などやりはしない。「そんな事はしてくれるな」と、丁寧に女へ自重を促すメールを送った。
諌めのメールをしっかり読んだ筈だが、何処をどう間違えたか女はへこたれない。勇気凛々再度メールが来襲した:
「私のボランテイア活動をそんなに遠慮なさるなんて、人事課長さんは何て気の優しいお人柄なんでしょうーーー」 と、やや情の篭った返信である。「ますます、そんな課長さんの下で働きたかったという想いが募ります。 ああ、面接でひと目でもお会いしたかったーー」 と、書き振りがまるで「身悶え」していた。




