難色を示す
6.難色を示す
脱線しかけたが本題に入る: 出世するタイプの男の「夢と悲劇」を紹介する。
もう15年程以前になるが、身近で眺めたある営業マンの実話。妻子持ちだが、入社のいきさつからして途方も無い男で、ウチへ来た時40を幾つか超えていた。その頃会社はもっとサイズが小さく、誰もかれも含めて八名程の規模であった。男はウチへ押しかけて来たのだ。
ウチでは当時販売代理店制度を敷いていて、傘下に親派の複数の販売店網を組織し、ウチ→販売店→(例えば)三菱重工業、のように製品を販売していた。彼は、そんな販売店の一つに勤務する営業マンK氏だった。目立たず特に優秀とも見えなかったが、販売ルートの関係で、私と顔見知りになっていた。
仕事上の接触を通じて、彼は経営者である私を密かに観察していたようだ。と言うのも、ある日何の前触れも無く突然訪れて、出し抜けにこう言ったからだ:「ここで働きたい」
男が勤務している販売店はウチのAクラスの重要な店であったし、規模はウチより一回り大きかった。私はそこの社長とも親しくしていて、夫妻を時々自宅に招いたりする仲でもあった。 だから、ビジネスといっても身内みたいな付き合いである。そこから引き抜く形になる上に、あばただらけで満足な顔もしておらず、Kを格別に優れた営業マンとも思ってなかった。
そんな事情があったから彼の申し出に私は強く難色を示し、遠回しにやんわり断った。
先に述べた通り、この男は正しく「上役を自ら選ぶ」を文字通り実行しようとしたのだ。 形は転職であるが、販売店とウチは同じグループ内だから、大企業の組織で言えば、配属替えの直談判に及んだのと同じである。私という上役の方が自社の上役より、「成長株」と見込んだらしい。
難色を示した私に、男はこう言った:
「御社の立場は良く判ります。決してご迷惑は掛けせん。私が全部あと
始末を付けてからーーー、その後でもう一度来ますから」
そんな謎めいた言葉を残して、男は一旦去った。




