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辛抱と我慢

11.辛抱と我慢


 この延長線で考えると、「新卒に根気が足りず、直ぐに転職」するのも、果たして本当に悪なのかである。 もう一度先の「(正月休み中に)一心不乱に考えたが判らないので、辞めます!」と言った筋肉マンの若者の話に戻る。


 多分彼の考えは私とは違った処にあった。 辛抱が足りなかったというより、昔は(嫌な仕事であっても)辛抱して自分の意志を曲げざるを得なかったのが、今や豊かな社会を背景に自分の意志を「貫抜ける」時代が到来したのだ。「自由と垣根が低くなった男女関係」と同じようにである。ただそれだけの事だと思う。彼は仕事の選択に「(昔に無かった)自由を活用」したのだ。移動手段に自転車しか手段が無かった昔の代わりに、今は車を使っているといっても良い。


 若い彼には、入社当時自分が本当に何に向いていて、何をやりたいのか判らない。私自身振り返って見るとその通りであったし、私でなくても判っている若い人は少ないと思う。 学生時代の狭い環境で考えたのと、社会に出てから広い視野を持って考えたのは、当然違う。

彼には販売の指揮を取れるだけの能力があって、それが出世の糸口になる可能性は高く、結果として彼の人生に大きな果実をもたらすーーと私は考えた。 けれども、飽くまで「私の考え」だ。


 彼にすれば、「販売指揮を取れ」というショック療法を与えられた時に、このままその方面に「深入り」すべきかどうか、それよりもデザインの仕事を貫きたい自分に、「改めて」心底気付いたのではなかったか。それが証拠にウチを辞めたあとで、川崎系のデザインが主体の会社へ再就職したのを見て、そう確信が持てる。ウチの会社というプロセスを経て、やりたい事を「初めて発見」したのだろう。幸せなヤツだ。


 先の煙突女がAuto-Cadを嫌々教わって、「めちゃ、面白い!」と黄色い声を挙げたように、物事には実地にやって見ないと判らない。新卒の就職と結婚問題は、特にそうだ。就職は生涯の大事なのに、赤の他人である大学の主任教授の一存で簡単に決定したりしてしまうし、町でイケメンに出会った運・不運の一発勝負で生涯のパートナーを決めようというのは、一種バクチみたいなものと言えなくも無い。


 それが全く悪いとは言わないとしても、賭けみたいなやり方が必ずしも正しい結果をもたらすとは限らない。社会のことも企業のことも、ましてや鬼と陰口を叩かれる社長の冷血的気質もよく分からないまま入社した学生が、こんな筈じゃなかったと戸惑うのはむしろ自然だ。 結婚して初めて夫の顔を見た、というのと大して変わるまい。


 遅ればせながら失敗に気付いて改善しようとする前向きな努力、これが(はたから見れば辛抱が足りない風に見える)本人の離職・転職であり、また離婚なのだと言えないか。考えてみれば、我慢・辛抱さえすれば何でも美徳という昔風が、必ずしも正しいとは限るまい。


 もっと皮肉を利かせて言えば、昔であっても諦めない強い意志さえあれば、現代の若者と同じように自由闊達に意志を通せて生きる事が出来た筈なのだ。当時の自分に意志を通すだけの「勇気が無かった」為の結果が、「辛抱と我慢」であったならば、何も昔の人間が現代の若者より格別偉かった訳ではあるまい。臆病だっただけ。こう考えると若い者への「辛抱が足りない」の批判は、表面的な見方で見当違いかも知れない。

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