筋骨隆々の新卒
6.筋骨隆々の新卒
女の狐に懲りて、次に筋骨隆々の体育系新卒の男子学生を入れた。女の学生と男の学生には大きな進化生物学的な差異があり、幸福の優先順位は当然違うと思ったからだ。男にとっては仕事が第一だし、女みたいにつんつんする処が無いのもいい。
彼は、私が週に二度通っていたホテル内のスポーツジムで、インストラクター(=学生アルバイト)をやっていた。昨今「仕事も生きるのも、適当にやればよい」と気楽に考えている学生が多い中で、なかなかガッツがありハキハキ物を言う。気に入って「ウチへ来ないか?」と誘い、大学卒業と同時に入社した。
立派な体格に似合わず神戸芸術大デザイン科卒であった。入社後学校で学んだ知識を生かして効果的な販売資料を考案するなど極めて積極的で、顧客への対応も上手だった。試しに販売の仕事を回したら、「この仕事が好きだ」と言った。
素質を見込んで本格的に育成しようと思い、一年半ほども過ぎた年末に、特定の商品の販売を任せてみようと考えた。中小企業では出世の糸口は何処にでもある。任せるから、どんなやり方(=販売政策)を展開するか、正月休み中に自宅で考えて来るように命じた。ちゃんと考えたのだろう。休み明けに出社した男は、開口一番不穏な結論を導き出した:
「正月中、一心不乱に考えたが判らなかったので、辞めます!」
私は前者の煙突女と後者の一心不乱の男に、何か共通したものを感じるのだが、それが何かハッキリとは判らない。私が目を掛けてやったのと、本人が「その気になれば」将来に大いに見込みがある、という点だけは確かなのだがーーー。
両人とも頭が良く優秀だったのは、確か。しかも二人は(これが理由とも思えないのだが)世間の水準より富裕な家庭に育っていた。ひょっとすると、優秀過ぎてーーー、学校の成績も含めて、これまでに人生の挫折や人に負ける経験を味わった事が無かったのか、という気がしないでもない。
これらを絡めて考えて(無理に理由を探せば)、二人とも「教えられた以外のもの」を自分で新たに創り出すいわゆる「雲をつかむ」ような仕事は、苦手なようではあった。誰しも、雲はつかめないがーーー。
例えば彼に一つの製品の販売指揮を任せようとしたが、易しい仕事ではない。何か教科書があるわけではない。これが百パーセント出来るようになれば、会社を経営する事が出来るのだから。未経験な彼が三十パーセント程度でも出来れば、先ずは上出来位に私は考えていた。つまり、出来なくても良かった訳だ。彼は正月休みに、一心不乱に考え抜いて、それが自分に出来ないと知って挫折したのかーーー?
もう一つの共通項は、「全てを任せる」 という私の方針が重圧を与えた為かとも思う。けれども、それが即「辞める」という発想に繋がるものかーーー、と怪しむ。 チャンスを自ら放棄する若い才能を、私は惜しむばかりであった。