アマゾンの奥地
5.アマゾンの奥地
研修期間の3ケ月が過ぎると、新人であっても、ウチでは一人前の仕事を任せる。 新人の中にはこれを怖がる人も居るが、こっちは分かっていて、チャレンジさせてみる。 準備を進めていた新製品のカタログの作成を「作ってみよ」と命じて、女に任せた。
女は初めデザインを工夫したり、色々推したり敲いたりして悩んでいたようだが、私はアマゾンの奥地へ放逐したみたいに放っておいた。 道に迷っても、カタログのサンプルは過去20数年分が社内に数あるから、適当にマネて自分なりに工夫して何か作るだろうと考えていた。入社から五ケ月目に入ろうとしていた。
命じて何日か過ぎたある日、「大切なお話があるんですがーー」と煙突女がおずおずと私へ申し出た。 嫌な予感がして別室で話を聞くと、「辞めたい」と言った。理由を訊ねても、ハッキリしない。誰か他の社員に苛められたのかと勘ぐったが、違うと言う。有能な秘書に育てたいと考えていただけに、とても残念に思った。
が、辞めるのを引き止めなかった。一度辞めると意志表明した人間は、慰留したり無理に引き留めても使い物にならないのを私は経験上よく知っているからだ。小さなけつまづきを乗り越えられない人は、長い目で見て成功出来ない。辞めるなら早い方が本人にも良いのだ。
女は私の質問に何も応えず、「薄く涙を浮かべて」結局辞めた。最後まで、私は涙が気に掛かった。
成人して結婚もし、私は半世紀に渡って女性を研究してきたにも関わらず、未だに答の出せない問題は「女が何を求めているか?」である。
辞めた理由も涙の理由も未だに判らない。ひょっとしたら、私の期待が重圧になったのかと思ったりもする。私の配偶者に意見を求めてみた処、これまた意外な事に、幾つか私へ罪をなすりつけた。謙虚に考えてみたが、やっぱり釈然としない。 私は採用時の母親同伴を思い出して、あの時の第六勘が的中したのを知っただけである。
最終的に配偶者は、会社の所在するXXX村の地の不利のせいにした。高層ビル群もネオン街も、ハイヒールで闊歩するタイル張りの歩道も、ウチの周りに用意出来なかったからだと断定した: 「キツネが跋扈する自然や緑や池がいっぱいなんて、ウチみたいな太古の環境は若い子には受けないのよ」
確かに一理はあるが、ハイヒールは女が好きだった大型バイクの爆音とアンバランスだと思った。けれども、私は敢えて反対弁論を差し控えた。結局の処、同性の配偶者にも辞めた理由がついに判らなかったのである。
それにしても、どうして入社試験であんな高得点を取れたのか今でも不思議でならない。多分彼女はXXX村の外れに棲息する若いメスの狐だったのだろうか? 煙突に化けるなんて朝飯前だし、この頃のキツネは革ジャンを着てバイクくらいは簡単に乗るだろうよ。