煙突女
4.煙突女
数日後の早朝ーーー、九時の始業時間直前に、太平の眠りを覚ますドッド・ドッド・ドッド!と腹にこたえる「豪快な爆音」が、界隈に鳴り響いた。すわ、何事ぞ!全社員がびっくりした。450CCの大型バイクのエンジン音であった。
初出勤の新入り学生女が、処も狭しとドッと事務所前へ乗り付けたのである。ジャ・ジャーン! 打ち鳴らすドラの音がした、と中年社員の一人が後で言ったものだ。
しかも、それが真っ赤な革ジャンを着込んだフレッシュ・ピチピチギャルと分かって、事前に知らされてなかった古参の社員は、背後から一発蹴りを食らわされたみたいに、腰を抜かした。これが世代の違いというものか。腰を抜かさなかった数人が、わらわらと450CCと女を取り囲み、中の一人が頓狂な声を上げた:
「ウチの社長も、イキな事をやるっ!」
難しい大学の経済学部へストレートに入った事・目をむかせた入社試験の高得点・母親随行の面接・天下に爆音を轟かす女・インデアンみたいにイカした革ジャン・高価なバイクを娘に買い与えられる親の懐具合、何から何まで「イキ過ぎるーーー」ではないかと、私の第六勘が心配した。
それから数日かけて、さっそく新入社員として研修を行った処、抜群に物覚えが良く、私は大いに気に入った。矢張り、若さか。人は知らず、ひそかに思った:将来ウチの長男の嫁にーーー。
ただ、昼休みに綺麗な顔をしてタバコをスパスパ吹かして、煙突みたいにモクモク煙を吐き出したから、タバコを吸わない旧人類の私は少々辟易した。内心で、「煙突女」とあだ名を付けてやった。
小企業の社長秘書は何でも出来ないと勤まらない。そこで、設計の初歩を学ばせる事にして、技術者のNさんにAuto-Cad(=機械設計のソフト)の手解きをさせた。 Nさんはイケメンではなく中年男の野暮天だったから、革ジャンが好みの煙突女は教わるのに迷惑そうだった。
けれども、教えられてやって見ると直ぐにマスターして、パソコン画面で円や六角形の煙突を描きながら、「めっちゃ、面白い!」と黄色い声を上げた。近くの数人が驚いて、何がそんなに面白いのかと思って煙突の周りに集結した。「へえ、凄いじゃないか!」 と中の一人が画面の作図に感心したら、これに激励された女は「この機械、めっちゃ、賢い!」と、黄色い声を再使用して機械の知能指数を褒めた。