一体どんな仕事?
2.一体どんな仕事?
数年前の話だが、私は秘書の必要性を感じた。手伝いをしてくれる事務員は従来から居るが、それでは不充分と感じた。ウチのような零細な会社では、社長は雑用係みたいなもので「何もかも」やらなければならないから、仕事はわんさとある。例えば:
出来のよくない社員を首にしたり、生産コストの安い新しい下請けを探す事や、アイデアをスケッチ図にしたり、試作品の実験をやったり、カタログの原稿をまとめたり、原価を計算して販売価格を決めたり、部品の寸法をチェックしたり、ダイレクトメールの図案を考えたり、などがある。
社長自らがそこまでこまごまやったら、社員はやることが無くなって失業する、と心配するかもしれない。しかし、それでもやるから、結果として彼らの出来る事の範囲は劇的に制限される。
キャハハと笑う体つきが素敵な若い女(社外の人)と話していて、訊かれた事がある:
「ねえ、社長さんって、一体どんな仕事をしてはるの?」と、実際に不思議がる。
一度も社長をやった経験の無い人は、教えてくれる人が居るわけでなし、そう考えるのが当たり前かもしれない。
こっちも説明に困って、「それじゃ、社長はどんな仕事をしていると思う?」と、逆に女の考える社長像を尋ねた事がある。彼女の応えは:
「そうねえーーー、何もしないのが社長の仕事で、無理にやるとすれば平日のゴルフとか、美人の秘書と浮気するのが一番の大掛かりな仕事じゃないの? そして時々は帳簿をごま化して脱税をする」
「ーーーー?」
「だからーーー、世の中で一番幸せな人種じゃないの?」と、とどめを刺した。
一番幸せかどうかは別にして、これを真顔で言うからびっくりした。顔をしかめて鼻毛を抜き抜き新聞を読んでいるのは事実で、これが私の保守的なライフスタイルではあるが、こんな姿が呑気そうに見えるに違いない。けれども、この女は新聞の三面記事の読み過ぎで、それに毒されているのだ。
そんな社長は(居るとしても)全体から見れば少数派。なぜなら、そんなんばっかりだと、(業績不振で潰れて)世の中から会社というものが無くなってしまうじゃないか!
社長の名誉の為に言えば、実際には先に述べたように「細々した仕事」を真剣にやっている。いろんな事に出会って経験が顔に現れているから、きりっと引き締まっている。多種多様で社長には「定例的な仕事」というのは存在せず、特定の固定した型を持たない。だから社長の事を英語でGeneral Manager(=広く浅く・何でも屋)と言うのがその証拠。
「定例的な仕事」というのは、実はこれこそが社員達の仕事になる。例えば販売だけに専念するとか、設計だけしておればよいとか、修理だけしておればよい、品質管理だけしておればよい、という具合だ。ウチと桁の違う大手企業の社員ならば、息だけしておればよいとか、お化粧だけしておればよい処もあるらしい。
ここが社員と社長との際立った違いで、だからこそ一般社員は「キラク」なものだ。差し迫った処が無いから、仕事も生きるのも、適当にやればよい。
ところが、中小企業の社長ともなれば俄然そうは行かず、骨身を惜しまず働くから「鼻毛抜き」の見える部分だけで人を評価してはいけない。見えない処の働きだけで、社員の数倍の給与を採る値打ちがある、と私は強く主張したい。