あとがき(1)
24.あとがき(1)
女が死んでから暫くして、男はたまたま森鴎外の「ある短編」を読む機会があった。題名は忘れたが、その話が女の生涯と酷似していたので、非常に驚いた: 「姉が断った縁談話」を妹が引き継ぐ話である。
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維新前の江戸の時代。二人の姉妹がいた。姉はそれほどでもなかったが、妹は小町と評判される美しい人で、また賢い女であった。年頃になり、最初に話を持って来られた姉は、その縁談話を断った。無理もないと人は思った。なぜなら、相手は容貌のひどく悪い醜男だったからだ。
ところがーーー驚いた事に、姉が断った「縁談話」を、妹が引き受けると自ら親へ申し出たのだ:「相手さんさえよければ、私が参りますーーー」
妹は、姉に勝った美しい人だったから、そんな醜男を自ら進んで夫に選んだのを、周りは不思議がった。縁談は他に降るほどあるだろうし、むしろ断る方が自然と思われたからだ。
年月が過ぎ、夫はやがて一流の学者へと出世し、ついに名は世を風靡した。二人に子供は無かったが、(その代わり)慕い寄って来る弟子達の面倒を見るなどして、女は夫の手助けをし甲斐甲斐しく働き続けた。
ある日の事、家に初対面の来客があった。女が応対に出て、客間へ通された。茶の用意に部屋から立ってゆく女の後姿を目で追いながら、既に若くはないが美しい女だ、と客はひどく感心した。
程なくして当の学者が部屋へ現れた時、「怪異な相貌」を眺めて客は肝を潰した。うめくようにつぶやいた第一声は:
「先生! 一番偉いのは先生じゃなくて、アノ奥さんですなあーーー」
女はこのあと数年後に、病を得て五十で死ぬ。未だ充分若い内であった。
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そんな話だった。鴎外は小説の中で、女に「一言も」語らせていない。鴎外自身も判らない風である:「女は何を求めていたのかーーー?」
鴎外の身辺にそれに似た女が存在したのかも知れない。死に臨んで、五十の女は後悔しなかったろうか? 鴎外の物語を読んで、男は自分の女に符合するものを感じた。