罪滅ぼし
19.罪滅ぼし
男は自分には女を愛する資格がなかったのだと思った。「社長になりたい」という小さい頃からの強いトラウマのせいで、会社を全てに優先していた、女や家族よりもーーー。自分と結婚してなければ、そして会社を起業してなければ、過剰なストレスに晒される事は無かった筈で、女がこんな業病に罹る事はなかった。確かな事実だった。
けれども、一旦起きてしまった過去を無しには出来ないし、やり直す事も出来ない。どうして良いか判らず男は許しを請うた。けれども女は「絶対に!」という言葉を強調して許さず、男を突き放した:「殺してやりたい!」
女の肩を抱いて謝った。殺されても仕方が無いと男は思ったが、取り敢えず実行を先延ばしして呉れるように頼んだ。罪滅ぼしに何か出来ないかと考えたからで、残りの半生の全部を女の為に使おうと、自らに誓った。
酷く痛がる時は、女の熱っぽい体を緩くさすりながら、女に知られないように男も涙ぐんだ。治らない病であるが故に、女が絶望しないように支える必要があった。玄関先で犬を抱いて涙ぐんだ女の悲しみを、男は忘れなかった。
会社を、男は「売ろう」と本気で考えた。会社と仕事は自分の生き甲斐であったが、そうしなけばならないと考えた。仕事を第一に置き、女をその次に置く癖があるからだ。会社がある限り、この癖は治らない。蓄えもある程度出来ていたから、贅沢さえしなければ会社が無くても人並み以上には食べて行ける。
ところが思いがけない事に、男の動きを察知した女は会社の処分を許さなかった:「会社は貴方のものではない、私が作ったものよ!」と言って激昂した。男に勝手を許さなかった。女も株主だったし、それまでに払われた努力の数々を考えてみれば、確かに会社は女のモノの筈で、自分のモノでないのに男は改めて気付かされた。
売る話は無しになった。




