第五百八十三:泰子さんの話(480) ★夏の暑い日(9)
第五百八十三:泰子さんの話(480) ★夏の暑い日(9)
とは言え、この策は女の母親と伯母との間で事前に知られていた秘密だったかもしれない。母親は(同窓会の名目であれ)自分の娘が数日間滞在し世話になる伯母へ、当然お願いと礼を言葉にしていた筈で、事前の了解があったと思うからだ。知らなかったのは伯母の娘達ばかりという事になる筈だが、真相は今となってはもう分らない。
女達のそんな複雑怪奇な思惑や策略についてまるで知らなかったから、こっちはのんきなものだ。道路の真ん中に立って13時に女を待った。
当時の男女交際がどれほどデリケートで周囲に気を遣わなければならなかったか、少しはお察し頂けるだろうか。そうまでしても、女は(顔を知らなかった)私に強い興味を持ち、実物を確かめたかったのだ。当然そうだろう、何せ中二から自分に恋焦がれた男と思っていたから、「どんなんかなあーーー」と宇宙人を見るような好奇心があったに違いない。
私がやった事は13時丁度に女を出迎え、自宅へ連れて来た。母親に紹介する積りだったからだ。大学生のいい歳こいた男子がたかがガールフレンドとの付き合いで、おやおや「お母ちゃん」を頼りにしたのかい、と思われるかもしれない。が、そうでもない。
女を通じて贈られた分厚い造船の本に象徴される通り、相手のご両親が娘を「とても大事」にしていたのを私は感じていた。初日の第一に自宅まで連れて来て母親に会わせるのは、相手の親の心情を思いやると抜きには出来ず、相手方の心を安んじる意味が大きかった。
不器用なくせに、一応そんな心配りが出来たのだから、私もまるっきりのバカではなかったようだ。
つづく




