第五百七十:泰子さんの話(467) ★社歴(8)
第五百七十:泰子さんの話(467) ★社歴(8)
半分見下げたような気持ちでA製品を展示している製造メーカーS社のブースの前で立ち止まり、暫く眺めた。こっちには「売れない製品」との認識があるから、A製品は総合家電メーカーが作る数ある沢山な製品の中の売れない一つ、例えばコーヒー抽出機みたいな位置づけで考えていた。そんな冷やかな目の訪問者だったが、ブースの彼らは私を捕まえて寄ってたかって洗脳に掛かった。
彼らが強調したのはA製品の自慢でありメリットばかりだった。が、そんな程度で騙される私ではない、こっちはプロだからまるで釈迦が説法を聞くようのもので、カエルの面に水である。けれども、説法の中に最も私を驚ろかせた情報がたった一つあった。私の目の付け所に彼らは気づいてなかった:
S社がA製品一種類だけを作る「専業メーカー」である事の不思議さだった。外には何も作ってはいない。
時代遅れなリヤカーのくせにという認識があったから、(売れないものだけを専業で作っていて)よく会社として「成り立つ」ものだ、が正直な驚きであった。尋ねると社歴はウチより遥かに長かったから、まるで手品だと思った。疑問は、A製品が果たして「そんなに売れるのか!」に移った。日本では売れていないのに。
大きな投資をしようと考える場合、普通は事前に販売の可能性について綿密な市場調査をやり、見込みユーザーの意見も訊いて慎重に判断して決める。時間は掛かるが石橋を叩いて渡るのが王道で、これがまともな商売だ。
つづく




