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プー太

15.プー太


 中型犬を飼っていた。プー太という名で、テリヤとの雑種で利口な犬である。女は犬を可愛がり、十年も飼い続けていたから家族の一員となっている。それでも部屋の中へは上げず、玄関口に犬小屋を置いていた。泥棒は入り口で噛みつかれる仕組みにしてあった。


 発病して何カ月か経った休日の昼下がり、玄関先で女は独りで犬を触っていた。抱き寄せているらしく、女は辺りを憚るように小さな声で犬へ何度も囁いている:プー太、プー太、プー太、プー太ーーー。義理を感じるらしく、犬も女に甘えてクンクンと声をひそめた。ドア一つで隔てた隣の居間で新聞を読んでいた男の耳へ、聞くともなしに、そんな女と犬の密やかな交流が聞えていた。


 天気が良く静かな日で、どこか遠くで遊ぶ子供達の声がしていた。その中で犬へ囁く女の声が細く一層ひそやかになって行くのに、男は気付いていた。それがついにかすかな涙声に変わるのを聴いた時、男の目は新聞の上で凍りついた。そこに居るのは決して道上寺の鉄の清姫でも、しっかり者でもなかった。ただ一人の女の、手の付けようの無い深い悲しみがあった。体が強張って、男はそこから身動きが出来なかった。


 その夜寝床で女の背中を男は丁寧にさすった。それ以外に治療法らしきものが無い。「病気なんだから、甘えたら良い」と、柔らかい言葉で女を包んで寄り添った。しっかり者の女は、初めて男の前で涙声になり、しゃくり上げた:


「甘えたらーーーガラガラと壊れて、自分が無くなってしまうーーー」 

 男は、黙ってさすり続けた。


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