子宮で考える
12.子宮で考える
後で本人が言うのには、六千万円のビルを購入する時、女に不安が無かった訳ではない。本人も少々無謀だと考えた:自分がもし社長なら、決して買うまいーーー。
が、男の「特殊な癖」を女はちゃんと見抜いていた:ビルのローン返済に追われてプレッシャーが掛かると、男というのは単純だから魚になる。まな板に乗せられた生きのいい魚は、頭を打たれると反射的に尾が跳ね返るようなもので、必ずや機関車みたいに「死に物狂いになる」のだ。
女の読みは当り、男は死に物狂いで働いたから、五年で銀行へ完済した。
女は他にも功績があって、男を時々驚かせた:
ある時、男が経営上の問題に行き詰まり、思い悩んだ。選択すべきと思える解決案が三案あるが、どれも一長一短があり迷う。選択を誤ると大きな損害を蒙るだけでなく、会社の屋台骨にも影響する。迷いながら比較検討し一週間考えて、男は三つの中からB案を正解として選択し、方針とした。
それでも矢張り迷いが残る。状況を説明した上で試しに、正解を教えずに女に訊いてみたのである:
「どの方法が、一番好いと思うか?」
女は即座にB案を指した。少しも考えた風ではなかった。男が一週間掛けて散々思い悩んで得た結論を、女が瞬時に答えた不思議を思い、尋ねた:
「何故B案が好いと思う?」
言われて初めて、女は本気で考え始めた。いや、Bが正しい理由を無理矢理探し出そうとした。やがて見つけた理由は、どう見てもこじつけに近かった。男が益々不審に感じると:
「女は子宮で考える」と、応えた。
一度なら、女のまぐれ当たりだと最初男は考えた。けれども、こういう事が何回か繰り返されて、女の言うのが毎回的を射て当たるのを実感する内に、やっぱり女は「子宮で考える」らしいという気がした。
以後男は何でも「子宮の戸」を叩いて相談するようになり、場所柄いつもベッドの上になった。難しい問題で相談すると、女は大抵数日後には正解と新しいアイデアをもたらし、男を驚かせたのだ。
女の思考方法が「まぐれ当たり」とは考え難いので、どんなメカニズムによるのか男が不思議がると:
「難しい時は何も考えずに暫く忘れて、問題を放って置くのよ」
「ーーーー?」
「三日経ったら、勝手に子宮が思いつくんだから」
子宮といえどもこれほど手強く使われると、女というのは実に偉いもので、宇宙人なのだと男は本気で怪しんだ。
日頃会社へ出入りしている懇意な業者があった。そこの四十年配の社長は、普段から遠慮の無い物言いをする。ある時女を眺めて言った:
「ここの会社があるのは、奥さんでもっているんだよなあ」
これを聞いて、女は事の外嬉しがった。ヒーチャンの為に自分が確実に「役立っている」と、第三者に証明されたからだ。自分が褒められるよりも、男の為に「役立っている」と思う事が、彼女の生き甲斐であった。女は五十を過ぎても、七つ年上の男をヒーチャンと呼んで親しんだ。
移転して十年が経ち、女の予言通り確かにビル内は賑やかになり、むしろ手狭にさえなって来た。それにつれて、売り上げも増加して業界でトップクラスに食い込んだ。女は、あたかも子供に玩具を与えるような言い方をした:
「ヒーチャンを、一番にして上げたかったのよ」




