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幽霊

11.幽霊


 手付金を入れる時になって、不動産屋がビルの値段が割安な訳を教えた:


 ビルは元自動車の修理工場で、一階が修理場で、二階がまるまる経営者の自宅であった。よく繁盛していた。けれども、二年前の冬、灯油炊きだった空調の不調で夜中に一酸化炭素の毒ガスが家中に回り、幼い子供二人と年寄りを含めた一家六人が一夜にして惨死した。全員窒息死である。

 それ以来、毎晩真夜中になると階下の修理場から「息が苦しい」とすすり泣く親子の声が聞こえる。いわくつきの物件なのだ。


 夜中に誰がすすり泣こうが喚こうが、女は動じなかった:ウチは昼間だけの商売で「真夜中までやらないから」、幽霊達の邪魔にはなるまいと進歩的に考えたのである。

 弘法大師の弟子が居る銀行と女は交渉した。以前約束した通り、運転資金を含めて億単位を借りてやり、レンガ造りの煙突付きで幽霊込みでビルを買い取った。


 買い取るや否や、近所にある指で突いたら倒れそうなボロい神社から、女は安上がりな神主を連れて来た。いきなり大掛かりな「お祓い」を実行させた。有無を言わせず幽霊達をお払い箱にしたのである。棲み慣れた彼らにすれば、だまし討ちに遭ったみたいなもの。それ以来、残業で遅くなり夜中まで仕事をしても、すすり泣きは無くなり、「しん」という音以外何も聞こえなくなった。


 シンとするだけでなく、建物はガランとして広かった。複数の営業員が出払ってしまうと、照明の少ない階下の作業場兼用の倉庫は、昼間でも薄暗い。何も無いのに物陰に時々何かが潜んでいるように見えたから、新しく雇った若い女事務員は気味悪がって、階下へ一人で降りるのを嫌がった。厚ぼったい肉体の、どこもかしこも丈夫そうだが、不安感だけはたっぷりあって、そういう処はデリケートな女であった。事務員を、女は励ましてやった:


「何も怖がる事は無い、貴女が結婚する十年後には、倉庫の隅々が下町みたいに賑やかになっている筈よーーー。きっと夜店も出るでしょう。それを楽しみにして、倉庫へ降りなさい」


 意味が判らず、事務員は穴の開くほど女経営者の顔を眺めていたが、夜店が出来る前に辞めてしまった。倉庫の幽霊と結婚したのかも知れない。因みに、その後雇った女事務員も、年齢に関係なく大抵一年ごとに次々に辞めたから、矢張りたたりでもあったに違いない。


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