第四百九十五:泰子さんの話(392) ★父の日記から(その7)神津トンネル(10)
第四百九十五:泰子さんの話(392) ★父の日記から(その7)神津トンネル(10)
⑤一方で私の父は、高い識見を持ちながら痛恨のミスを犯した。父の記述はこうである:「殆ど徹夜で報告書を自宅で書き上げ、コピーさえ取らなかった。そのまま中央郵便局まで出向いて、東京の本省へ送達した」とある。
ミステークは、送達する事前に上司である部長にも局長にも「見せなかった」事であった。彼らはコピーを目にする事さえ出来なかった。
⑥父が作った計画案は、現地を調査し考えを巡らし推敲を重ねた渾身の力作だった。報告書の価値を誰よりも父本人が一番よく分かっていたから、それだけに強い思い入れがあった。ここが問題だが、一方で父が内心で部長も局長も「大した人物でない」と下に見ていたのは、先の父の記述の仕方で分る。
無能とまで言えないにしても、平均点の部長や局長に見せれば、専門家でもない彼らはトンネル案に、よく考えもせず反対するに違いないと父は危惧した。父自身でさえ最終決断に迷った位だから、上司の反対は目に見えていた。そうなると本省へ送付する前段階でトンネル案が大阪局内で潰されるかも知れない。父にすればこれは如何にも無念であった。
更には、報告書の手柄と力作を彼らが「横取りする」かも知れないと恐れた。作成者の自分の名前さえ報告書から削除されるかも知れない。父には東京の本省で技量を認められたい名誉欲もあったに違いない。適当な理由を付けて本省へ直送する以外になかった。
つづく




