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泥棒市場のエリート

9.泥棒市場のエリート


 これも話が前後するが、男は四十過ぎになって輸入機械を売る販売会社を始めた。それまでのけち臭いサラリーマン生活を馬鹿らしく感じたからで、独立する決意をしたのである。一日ずっと一緒に居れるからという単純な理由で、女は「手伝いたい」と申し出た。

 資金が足りなかったので、日用品を売る市場の中の一角を借りて店を開いた。漬物屋の隣である。


 市場は生鮮食品を中心に売る南北に三十米位の長細いマーケットで、真ん中に細い通路があり、両側に様々な店が処狭しと並んでいた。天井が高く、その上蛍光灯が少なかったから、まるで終戦直後のバラック建てみたいに内部が薄暗い。何処もかしこも泥棒の集まりみたいで、建物の外観も汚らしかったので、通称泥棒市場と呼ばれていた。


 借りた店舗は粗末な5坪で、それでも当時月6万円の家賃。以前の持ち主の印鑑屋が出世して移転したので、後を借りた。左側に漬物屋、右側は喫茶店。しかし起業するには案外便利な一等地で、腹痛を起せば薬屋は5米先だし、夕食のおかずが足りなければ通路向いの豆腐屋で、退社時に女が造り立てを一丁買って帰ったが、手作りだからこれが格別旨い。今の機械式で作るものとは比べ物にならない。


 庶民的な生活の匂いに満ちていて、市場の一角には散髪屋もあったし、おまけに肩が凝ればマッサージ屋もある贅沢さ。「三丁目の夕日」(西岸良平)に描かれたマンガの通り、昭和の良き時代がそこにあふれていた。


 輸入機械はドイツ製で一台が数百万円もしたから、サンプル数台を輸入するだけで、一千万円の資本金の殆どを食い潰してしまった。が、隣の漬物屋の臭いがたまらないので、残金をはたいて事務所にアルミサッシ4枚を建て回して防臭工事をやった。ガラス戸をうまくこしらえてカタカナの社名をシールで貼り付けたら、それを眺めた漬物屋の女店主がしきりに感心した:

「へえ、なかなかハイカラじゃないの!」

 人生もあらかた済んだ顔がカエルに似た、六十九のお婆さんだった。


 売値を仕入れ値の2倍に付けたが、仕入れが元々高かったから、販売価格だけは貧相な会社に似ず、超一級。泥棒市場の中で、石川五右衛門みたいに一躍エリートへ出世した気分になった。価格からして、機械の売り先は大手企業に絞った。


 けれども価格が災いして、ぐんぐん成長する筈だったのに当初から売上げ低迷と運転資金の枯渇に悩まされた。自分の給料を取るどころではない。このままでは泥棒市場の一員として、本当に泥棒をしてこなくてはならない。


 夫を泥棒にする訳に行かなかったし、苦労を「見ていられなかった!」から、女は実家の蜜柑山を担保に金を借りるなどして、男を助けた。二人の子育て兼業で、女は自分の昔の会社勤めの経験を生かして経理を担当した。直ぐに営業事務全般を引き受け、部品の簡単な梱包も引き受けるようになった。


 男の外出中、女も電話で注文も取るように心掛けた:

「値段が高いじゃないか、何とか半額にならないのか!?」と客から厚かましい電話が掛かって来れば、口まめな女は「お金を払うのは(あんたとこの)社長さんじゃないの! 社長さんはお金持ちよ、心配しなくていいわ」と慰めてやって、手ごわい敵を制した。

「そう言えば、そうだよなーーー」と何となく相手は納得し、女に捕獲された。


 女の勢い侮るべからざるものがあり、数ヶ月経たない内に経営の全般を掌握するようになった。その昔女へ給料の全額渡す方が家庭の経営が上手く行ったのと同じように、会社の経営も上手く回り出した。しっかり者の女は何をやっても上手であった。


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