第四百六十八:泰子さんの話(365) ★父の日記から(その3)本箱の思い出(3)
第四百六十八:泰子さんの話(365) ★父の日記から(その3)本箱の思い出(3)
夏休みにFの家に一度遊びに行った事がある。広い庭の見える座敷でFと話していた。この時だったが、「お食事のご用意が出来ましたよ」と母親が言ってきた。Fは私と話していた言葉とはすっかり口調を改めて「ハイッ、ただいま参ります!」と返事をした。
これに私は非常に驚いた:家庭内での親子間の会話の言葉遣いの立派さが新鮮だったし、それが余りに自然に使われたからだった。内輪の家庭でありながら作法と礼儀が存在して、格式さえ感じた。
今ではTVの時代劇などでしか見られない礼儀正しい武士の家庭内の会話が、今に再現されているみたいなものだった。Fの家庭はそれに似ていた。元武士の家系だったのだろうか。対して、この当時自分の家庭では親子間でどんな言葉遣いで会話していたか忘れてしまったが、随分と違っていたのは確かだ。
Fは色が白くてむしろ華奢だったが意外と柔道が強くて乱取りの時はよく相手をさせられたものだ。
さてFがウチで間借りする事になって引っ越して来たが、持ってきた荷物に本箱があった。それは先に紹介した銀行員の物と同じようにガラス扉がついていて、文学書が一杯詰まっていた。Fはそれらを見せて、私に読むようにしきりに勧めた。彼はその頃から将来は小説家になるものと決めていたようで、盛んに文学論を聞かされた。
つづく




