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第四百五十一:泰子さんの話(348) 飛行神社の話(父の手帳から)(4)
第四百五十一:泰子さんの話(348) 飛行神社の話(父の手帳から)(4)
二宮未亡人方へ下宿を開始してニ十日余り過ぎた。二階建ての家は階下に二間があって奥の座敷の日当たりの悪い部屋で食事をしていた。二階もやはり二部屋で明るい側の表の間を自分が借りていた。二階の奥の間には古いタンスが二つ三つ置いてあり、二宮未亡人はそこを寝間にしていた。言えば隣同士の部屋であった。
木曽から京都の変電所へ転勤した何年の何月であったかは覚えてないが、その日は蚊帳を吊って寝ていたのは確かであるから、夏だった。京都特有の蒸し暑さで寝苦しい夜の事である。隣の部屋の蚊帳の中から声が聞こえた:
「XXXさん、起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな、という俳句をご存じですか」
「ああ、あれは可愛い子を亡くした母親の悲しい心を謳った句で、確か加賀の千代女という人の句ですね」
二宮さんは直ぐには返事をしなかった。やがて小さい声で「そうとも言いますがーーー」と謎めいた言葉を返して来た。可成りの時間、互いに黙っていた。
つづく




