第四百三十八:泰子さんの話(335) つつじの開花(6)
第四百三十八:泰子さんの話(335) つつじの開花(6)
登山やハイキングとなると、通常は「頂上を目指す」とか「あの峠までウオーキング」となって、何となく目標というのがある。道も人が造ってくれた上を歩き何処となく「乗せられた」受け身な処がある。
同じ歩くにしても私の場合は少しワイルドだ:森林が深いが為にもし迷ったら簡単には出て来れないし、生々しい木々の殺し合いの現場もある。径といっても私が造ったものだから地図には無く誰も知らない訳で、人と出会う事も無い。
竹林に立派な竹の子が幾つああっても誰も堀らない。春になれば赤いツツジの株がかたまってまぶれるように咲き誇る綺麗な場所もある。目にして辺りが明るく感じて何となく華やいだ気持ちになるが、私以外に花を愛でる人は居ない。ひっそりと咲き、しんとして散る。
誰も知らない日本唯一の静寂の径を独り歩いていると、日常のアクセク働くビジネスを離れて、もう一人別の自分が別世界に生きる気がする。天を覆う木々に囲まれて、もしあるとするなら、天国というのはこういう場所かも知れないと感じる。踊りたくなるほどウキウキする場所ではないが、ツツジが咲きながらただシンとしている。
自然と一体になるような気分でイノシシに寄り添うような気持ちになるから不思議だ。里では害獣とされているが、「罠に掛かるなよ」と心で囁いている。
お仕舞い




