第四百三十六:泰子さんの話(333) つつじの開花(4)
第四百三十六:泰子さんの話(333) つつじの開花(4)
イノシシを捕獲する罠は実に巧妙だ。昔は鉄製の頑丈な檻を作って中に米ぬか(=イノシシの好物)を置き、イノシシが入ったら入り口が自動的に閉じる仕掛けだった。
が、今は違う: 檻は使わないし、エサも不要だ。イノシシが歩きそうなケモノ径の左右の木の間に(目に見えない程)ごく細い糸を張ってあるだけ。イノシシが木の間を通過して糸に脚を引っかけると、細い糸がたちまち太いロープに連動していてバネ仕掛けで瞬間的に脚に絡みつく。逃げようと引張ればますます強く脚を締め付けてロープの他端は太い木に回されているから、一度掛かればまず逃げ果たせる事は出来ない。
私自身も一度誤って足を引っ掛けた事があるが、簡単に外せる。要するに脚に絡みついたロープを引っ張らずに逆に(=緩める側へ)動かして手で輪っかを広げればよい。イノシシはバカだから逃げようと、慌てて必死に引張るばかりするから、余計に締まる仕掛けになっている。幸いにしてイノシシより私は知能が高いし、輪っかを広げるだけの器用な手が備わっていたから、死地を脱せられた。
この時に悟ったのは、器用な手は重要な進化上の利点だという事:死地に陥った時罠を手で外せるだけでなく、(不潔な沼地に寝転がらなくても)体に付着したダニなどの寄生虫を自分の手で駆除し皮膚を清潔に保てる。これは健康に欠かせない。他の動物に比べて人間が長生き出来るのは、案外器用な手のお陰かもしれない。外にも用途があって文字が書け、包丁が使えるしギターも弾ける。人は自分の手にもっと感謝すべきだろう。
つづく




