第三百九十六:泰子さんの話(293) 新しい女(4)
第三百九十六:泰子さんの話(293) 新しい女(4)
私は二つ目の質問をした:「ウチの給料を含めて好きな仕事を諦める事と、安全靴を履きたくない貴方の個人的な気持ちと、二つを天秤に載せたとしたら、貴方にとっては同じ程度の重さなのかい。そこを聞きたい」
女は「そうなのだ」と、半分消え入るように小さな声で肯定した。
私は女を少し理解する気がした: 私とは住む世界が「かなり違った人間だ」。そんなのに今まで出逢った事が無い。
ウチの仕事を好きで決して諦めたくはないのだ、給料も悪くないし。けれども自分のストイックな安全靴を嫌いする異常とも見える「拘り」を本人は捨てる事が出来なかった。「拘り」が屁理屈でワガママだという点も、賢い女だから、自分の頭ではちゃんと理解しているのだろう。けれどもどうしようもなく、自分が生きる意味さえ失うと考えらしい。世の常識と自分の異常さの「すり合わせ」に、一晩掛けても解決出来なかった。今朝になっても心中激しく葛藤していてどうしようもなく、「自分の性」に涙が出た。
以前本人から聞いていた事だが、会社の規律には触れないが、女が「粉もの」(=パン・麺類・ケーキ・菓子類など)を一切口にしない嗜好も、私は密かに気になっていた。極端すぎると思うからだった。決して太るからの理由ではなかった。実際に痩せてガリガリ子だ。この拘りと先の安全靴の問題も女には同じ世界のようだった。かなり重症である。
つづく




