第三百八十三話:泰子さんの話(280) いとこさん(2)
第三百八十三話:泰子さんの話(280) いとこさん(2)
聞いて、何となく自分が「面接試験に合格した」ような気がした。初めて分かった: M子が熱心に眺めていたのは、実は部品や製品や機械では決してなく、それらを通して(子供みたいな)「私」を観ていたのだ。同い年の自分のいとこのY子が若い時に惚れたのは「この男」だったのかーーー、興味を持って改めて私を見直したらしかった。
M子とはそれまでに数ヶ月以上に渡ってメールを交わしていたが、そして先ほどは一緒に食事をしながらも、何処か私が「得体の知れない」人間と映っていたのだろうか。世の中には海千山千の危険な人間が多い。自己評価で、多分私は山千の悪者のほうに属する。
けれども、実験室で私の正体が子供と分かった以上、その場で海千の人間はむしろM子の側だったろうか。M子は安心して、(昔のY子に倣って)私を好きになろうと心を決めたらしかった。それが先の会話の意味だった。
技術が分かろうが分かるまいが、女を職場に案内して自分のやっている仕事を手に取って見せてくれた。そんなちょとした私の親切に、何かを感じたのかもしれない。亡き夫よりも私みたいな男と結婚したかったーーー、という言外の女の気持ちを感じた。私がY子の元恋人だったという半世紀以上も昔の出来事も、M子の気持ちを少しロマンチックにさせたかも知れない。
離婚こそしなかったが、婿養子だった夫とは生涯心が通う事が無かったと、M子は先の食事中に私にしみじみと、しかし淡々と述懐していた。だからと言って、決して私が(彼女の夫として)相応しい相手とは限らないが、M子の気持ちを感じながら私は黙っていた。
お互い80を超えている、好きだ嫌いだをささやく歳ではもうない。淡い好意が互いの間に流れるなら、それはもうそれで充分満足すべき事なのだと思う。
つづく




