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恐怖の克服

58.恐怖の克服


 私が歩いた山道は、潮見台側の登り口から二キロ弱なもの。昔私が「帰るよーーー」と別れた地点は、その七割位の辺り。いずれにしても、大人の足では大した距離ではない。


 そうだとしても、人っ子一人通らない二キロの薄暗い山道を、小二の女の子はどんな心持ちで通学したろうか? 林の奥から突然響いた鳥の羽ばたきに、身がすくんだことはなかったか? 今の時代感覚では、想像がつかない。茶店のお婆さんが言うように、確かに「信じられないーーー」事だ。彼女自身が山に棲む妖精でもない限りはーーー。 


 小学校へ入学した一年生の頃、慣れるまでの間親が麓まで同道したのだろうか。帰りは登山口で待ち合わせて一緒に山へ帰ったろうか? 携帯電話のある時代ではないから、時間をどう調整したろう? やがて独りにさせられた時、通学するのを嫌がったかも知れない。昨今の登校拒否とは質が違う。深い山と孤独な山道に対する、人なら誰もが感じる本能的な怖さがある。親は子供にどう言い聞かせたろう? 


 恐怖心を克服するだけでも、女の子には一大事業であったに違いない。やがて、怖さを自分なりに克服した時、彼女はもう子供ではなくなったのかも知れない。当時私は小ニに過ぎなかったが、彼女は何処かの部分で大人になっていたのだ。

 学校の教室で一人物静かに片隅に居て、他の生徒より温和しく見えた。けれども、温和しい性格の為だったよりも、大人の彼女には、同級生達が年下の幼児みたいに見えたからではなかったか?


 苦労の無い級友を眺めて、どう接すれば良いか戸惑っていたかも知れない。当時の教室の様子や女の子の面影を丹念に拾い集めようとしたが、山道を途中まで一緒に歩いた事以外に、私は何も覚えていないのに気がついた。

 覚えていない自分が、何か申し訳ない気がした。苦いコーヒーを味わいながら、女の子へ深い敬愛と哀切を感じた。


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