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失われた地平線

51.失われた地平線


 潮見台側の登山口から一旦鉄拐山に足を踏み入れたら最後、標高差に対する登山者心理の面でも、下山時の草臥れ儲けの度合いでも、見晴台の山へ足を向けさせない「仕組み」になっている:「隔絶された世界」だったのだ。


 難しい方程式を一つ一つ解くようにして、ついに彼女を袋小路へ追い詰めたーーー、気がした。考えて見れば不思議な巡り合わせだ:この「高速道路が存在」してなければ、見晴台を発見する機会は生涯無かった訳になる。

 更にまた、失業して地方から故郷へ舞い戻り、一年半程も浪人して選択した職業がたまたま「セールスマン」で、車で走り回る事が無ければ、須磨アルプス連峰を「裏側から」じっくり眺めるチャンスは訪れなかった。更に、息子の車に同乗して助手席に座り、「思考の時間」が与えられたのも幸いした。どの一つの偶然が欠けても、謎を解くことは適わなかった。


 若い時分には目隠しをされたように、何も判らなかった。だのに、歳が入ってからの偶然の重なり合う巡り合わせと、運命的な発見を思って不思議な気持になった。目に見えない「何かの意志」が存在して、若い間はそれが彼女に近づこうとする私を、阻止していたような気分にさえなる。その意志とは、連峰に隠れ棲む「山の精」だったろうかーーー? 


 「隔絶された世界」と言えばーーー、ジェームス・ヒルトンの「失われた地平線」に出てくる秘境の村を思い起こさせた。ヒマラヤの奥地に存在すると言い伝えられる神秘的な理想郷シャングリラである。そこで人々は、極めてゆっくりとしか老いないそうだ。彼女は小二の姿のまま歳を取らず、まだ山の上で茶店に隠れ棲んでいるのかーーー? 

 

 「失われた地平線」付近に棲む「山の精」は、私の守り神だったという気がしないでもない。美しい彼女に近づくのは危険で、自分の人生に不利益をもたらすものと、本能的に私は察知していたのかも知れない。小学校・中学校と、ずっと女の子を避け通していたのだからーーー。

 この歳になり、もう安全だと見越した「山の精」が、私へ種明かしをしてくれたのかーーー、そんな神秘的なものを感じた。


 車は丁度、須磨の料金所前のトンネルの中へ入り通過中であった。顔を上げた時、暗いフロントガラスに女の子の影が映って、こっちへ笑いかけた気がした。姿は小二のままで、初めて見せた笑顔である。

 大事な秘密を打ち明けられた気がして、私も声を出さずに笑った:「社長になったんだ。もう、アカンタレじゃないよ!」と、心で応じた。


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