隔絶された世界
50.隔絶された世界
一つの謎の解決は次の新しい謎を産む。三番目の謎に気付いた。それは「思い込み」である: 若い頃、茶店が「鉄拐山の何処かの場所」にあるものと信じ切って、鉄拐山を上から下まで探し求めた。昔、小二の女の子と途中まで歩いたのは間違いなく鉄拐山だったからで、それ以外の場所を想像すらしなかった。
小ニの当時、登山口で「(茶店は山の)どの辺?」と訊いた時、「う~んーーー」と女の子が生返事をしたのを覚えている。彼女には説明のしようがなかったのだ。鉄拐山の山一つ越えた先にある「別の山の頂上」も更に越えて、その先の北斜面だなんて教えたなら、登る前から私は腰を抜かした事だろう: それが毎日の通学路だったなんてーーー途方もない話だ。
しかし、車窓から山を眺めていて、もっと不可解な別の問題があるのに気付いた。それは動機である:犯罪捜査では犯人の動機が重視される。
成人してから、私は山歩きが好きで、体力が無いくせに学生時代や社会へ出ても独身時代には、北アルプスや南アルプスの山へ単独で登ったり、山々を尾根から尾根へ縦走したものである。どちらかというとネクラな性質( たち)の私の、それが趣味だった。
そんな山歩きの好きな人間が、茶店の話は別に置いても、地元の鉄拐山の頂上まで自分の庭みたいに「何度も登っていた」のだ。それだのに、直ぐ北隣に隣接する見晴台の山へ「一度も足を向けなかった」のは、一体どういう訳か? もし向けていたら、その時に茶店は見つかっていた筈だのにーーー。距離的にも近いその山を、積極的に避けた何か動機があったろうか?
実は動機があったのである:
先ず考えられるのは、その山の標高が鉄拐山よりやや低い点である。鉄拐山は須磨アルプス連峰の中の一つで、直ぐ西隣に尾根続きでやや標高の高い鉢伏山と旗振り山の二座がある。だから、鉄拐山はやや高い鉢伏山や旗振山と、やや低い「見晴台のある山」に挟まれた位置にある。
これら四つの山が尾根続きだから、潮見台から一番近い鉄拐山に登って、そこから足が次に「向かいたい」先は、登山者心理として低い山よりも、一般に一層高い方の鉢伏山や旗振山を目指す。私も例外ではなかったのだ。
次に、「見晴らし台の山」を避けた「もっと積極的」な動機にも気付いた: 標高のやや低いその山は須磨アルプス連峰の東端に位置し、連峰はそこで「お仕舞い」になっている。その先はもう下るばかりで下界である。行った道を後戻りせずその方向で山を降りてしまうと、自宅のある出発点の潮見台へ戻って来るには、山麓の地べた道を歩かなければならない。
判り易くいえば、その道は連峰の裏側に降りるようなものだから、平坦ではあるが、延々と迂回し面白みの無い曲がりくねった長大な道で、戻ってくるだけで半日以上のロングコースになってしまう。そんな道に無論当時便利なバスがあるとも思えない。登った鉄拐山の山頂から眺めて、これが地形として良く見て取れるのだ。馬鹿以外はやらない草臥れ儲けのコース。
潮見台の住人は、必ず潮見台まで戻って来なくてはならない宿命にある。そこの住人だからこそ、絶対に足を向けないコースなのだ。また結局「これ」が、女の子が当時小学校へ通う通学路として、山麓の(安全ではあるが)ロングコースを避けて、潮見台側からの急峻な登山口を経由する山道を「敢えて」選んだ理由だったーーーに違いない。私は納得した。




