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★第百二十九話:泰子さんの話(27)「ばら寿司」

★第百二十九話:泰子さんの話(27)「ばら寿司」


 会社の午後、倉庫で機械部品の試作品を作るためにフライス盤を操作していた。スマホが鳴ったので、機械の運転を停めた。泰子さんからであった:「ヒロシ、ばら寿司を作ったから会社の帰りに寄りなさい。ガチャン!」


 泰子さんは「ばら寿司」が好きで、自分で調理する。しかし何せ独り者だから、最小限でコメ一合炊いて作っても量が余ってしまう。余ったのを一度「おすそ分け」としてタッパーウエアに入れて、私に呉れた。持って帰って配偶者と一緒に食べた。茶碗に一杯づつあった。


「おすそ分け」を食べながら配偶者が言うのに:

「ばら寿司」は珍しいものではなく、出来あいの総菜としてスーパーも含めてあちこちで売っている。けれども、あちこちで売っているからと言って、調理が簡単という訳ではない。


 家庭で一から作るとなると、先ず酢を調合して寿司飯を用意し、次に具材のシイタケを甘辛く煮付けし、タケノコにも味を付けて、混ぜるアナゴだって焼いたのを買って来なくてはならない。アナゴは案外と安くはない。錦糸卵を焼くのだって手間なのよ、今の私にはとても出来ないと配偶者は言う。それだけの手間を掛けて台所に立ち続けてお寿司を作る作業ーーー、普通なら95の人がやれる手間ではないわ。


 そう聞くと、おすそ分けの「ばら寿司」が貴重品に感じ、私は一層美味しく賞味した。後日泰子さんにタッパーウエアを返却しながら、「とっても! 美味しかったよ!」と私は心から礼を言った。


 これ以後、泰子さんは頻繁に「ばら寿司」を作るようになった。プラスして具にさやエンドウも加えて緑を添え、赤いエビも人参も追加して入れるようになった。味は益々美味しくなったのである。分量も、それまでの倍に増えていった。私へおすそ分けを渡す時に泰子さんは「今日は少し味が濃い目じゃからなとか、お米は秋田小町の上等だからねとか、冷蔵庫に入れてはいけんよ、味が落ちるから」と細かい指示まで与える。


 そんな訳で冒頭の通り、運転中のフライス盤機械を緊急停止させるほど、重要情報としてスマホに「お寿司が出来た!」と連絡が入るのである。泰子さんには大いなる「生き甲斐」が出来た。「たいくつじゃあ!」とは言っておれない。


 人を褒めるのは、決して子供の教育の為だけでなく、お年寄りの長生きの為にとても大切である。しかもお金は掛からず、高いアナゴを含めて原材料全て向こう持ちである。

 お返しにウチは何もしない。美味しいケーキを持参しても味の良いリンゴを持参しても、まずどれも泰子さんの口には合わない。伊勢海老以外には、偏食が度を越えて激しく、ヒロシが良かれと持参したものであっても、嫌なものは絶対に口にしない。

 一旦ルールになれたら、泰子さんほど付き合い易い人はいない。


お仕舞い


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