★第百十四話:泰子さんの話⑫「しょうがねえじゃろっ!」
★第百十四話:泰子さんの話⑫「しょうがねえじゃろっ!」
私は82だし、泰子さんのお世話を今後も「一人で実行し続ける」には当然限度がある。将来泰子さんが寝たきりになるなど私の手に余るようになれば、介護施設に入所してもらわないといけない。私方の叔母であるし、私の配偶者は難病で今も体調が良いとは言えないので、彼女に何かを頼むという発想は1%も無いからだ。
であるからして、「ヒロシ、お前が元気でおってくれんといけんよ」と、泰子さんは事あるごとに私へ釘を刺す。「うん、大丈夫だよ」と元気に応えるものの、確たる自信がある訳ではないから、カラ元気である。
とはいえ、もし入所する事になればどれだけの費用が掛かるかーーーについては、認識にズレがあり、これが少し心配になった。と言うのも、泰子さんの財産の正確な額を知ってからは、無関心では居られなくなったのだ。決して超お金持ちではないから。訊いてみると:
「岡山では一番高けえ処で、月額が30万で入居金がその3ケ月分(=90万円)じゃ」
「ーーーー?」
神戸では入居金がウン千万円だと聞いた覚えがあったから、私は目をパチクリさせた。岡山と差があり過ぎると思った。それを私が指摘した:
「それで、神戸では死んだらその高い入居金は戻ってくるんか?」と、泰子さん。
「うんにゃあーーー、戻って来ないと思うよ。戻そうにも本人はもう居ないんだもの」と、私。
泰子さんは腰を抜かした風で、
「それなら、まるで泥棒じゃ」
「神戸には泥棒が多いらしいーーー」
「ーーーー」
「ーーーー」
「入所するんは、体が動けんようになってからじゃから、ロビーにシャンデリアなんか無くったっていい、清潔で一人になれる空間がありさえすればーーー。しょうがねえじゃろ。」と、泰子さんは譲歩した。
「シャンデリアの代わりに、安い施設では夏ならハエ取り紙がつるしてあるかもしれんーーー」と、私は意地悪で返した。昭和初期生まれなら、知っている生活風景である。
(元々お嬢さん育ちのセレブな筈だのに)自分が入所する筈の終の棲家には、贅沢を求めない。しょうがねえじゃろっ、という訳だ。いざぎ良いというか、瞬時にスッパリと考えを切り替えてしまうというか、なんとなくサバサバして「なるほど、ご立派」と思わざるを得なかった。
お仕舞い




