★第百十三話:泰子さんの話⑪「財産」
★第百十三話:泰子さんの話⑪「財産」
泰子さんは(会社をやっていた)夫の遺産を引き継いだから、何億円をも超す超資産家である。証拠に、大丸デパートの食品売り場で(夕ご飯に食べる為の)「伊勢海老の在庫を置いてない!」と言って嘆いた位だから。
資産家であるさらなる証拠に、神戸へ引っ越す直前に岡山で世話になっていたパートさんへ、多額な退職金をポンと与えた。気前が良い。余りな多額さに当のパートさんは戸惑い、「貰ういわれが無いからーーー」と言って、(泰子さんへではなく)私へ返金しに来た位だ。気前がよいのも限度があるって訳だった。
泰子さんから「(彼女に)大変世話になった」話を、私は既に充分聞いていた。だから、「泰子さんから私は話を聞いています。貴方には大変お世話になりました。私からもお礼を言います。貴方はとても良い人です。どうぞ、貰っておきなさい」と応えて、返金をさせなかった。
序に岡山を去る直前に、泰子さんは盲導犬協会に200万円の寄付も実行した。めったに恵まれない大金の寄付だったから、岡山の協会の支部長が仰天してお礼に飛んで来た。
泰子さんの超裕福ぶりが分かろうというもので、私も親戚中の人たちもこれを疑ったことは一度も無い。沢山の宝石もあり、普段からブランド物で身を固めている:「ヒロシ、この腕時計はXXXのブランド品で120万円したんじゃぞえ! ヒロシがしているセイコーの9000円のとは、品が違う」
「だけんどよ、僕の時計は日付と曜日が出て便利だよ。泰子さんのは、文字盤に文字が無いじゃないか。時刻を見間違わないかい?」
「バカじゃな、高級な時計にそんなみみっちいもんは、要らんのじゃ。たかが5分や10分の時間をあれこれ気にするのは、貧乏人じゃあ。確かに、正確な時間が見難いのは仕方ないんじゃーーー」
資産家ではあったが、自宅の300坪の土地と建物や保持していた岡山駅前のマンションなどは処分して現金化した。家具だけでなく、手持ちの宝石や高級な衣類や大切にしていた茶道具なども含めて大部分を、神戸に来る前に処分した。使う事がないものを保有していても仕方ないからだ。最小限身に付ける時計や指輪や外出用の衣服以外は、もう現金しかない。一万円札で積み上げたらどれくらいになろうか。
話変わって、先に書いた通り、オレオレ詐欺に盗られない為に、全ての財産(=現金化された現金の総額)を銀行の貸金庫に入れて私が安全管理する事となった。当然にして一円の端まで財産の総額を私は知る結果となった。さて:
世の中にどんでん返しというのは有るものだ:ああ!親戚中の大いなる期待を裏切って、財産が1億円にも満たないのを私は知った。1億どころか遥かにもっともっと少なかったのだ。バケツを逆さまに振っても、製氷機を含めて冷蔵庫中を隈なく探索しても、一円も余分に出て来はしなかった。私は開いた口がふさがらなかったのである。
資産家どころか、大金持ちとも呼べまい。いや、小金持ちーーーと言えるかどうかの辺りだ。巨額のお金は一体何処へ消えたのか!? 普通の大手企業のサラリーマンの老後よりは、多めかもしれないが。まあしかし、95という年齢と一人っきりの生活と、家賃がタダというのを考え合わせると、確かに「(本人が死ぬまでなら、という限定条件付きで)充分な額」とは言えるけれども。
何億円の資産が実際には数千万円ポッチだったと知って驚き、私は配偶者と一緒に(泰子さんの居ない処で)何度も大笑いした。が、別にガッカリした訳ではない。ただ、何億円もの資産がどうして数千万円へと激減したのか、何処へ蒸発してしまったか、この謎を知りたいと思った。私の今後の新たな挑戦は、謎の解明となる。
私は泰子さんへやんわりと忠告した:「これからは、盲導犬協会も含めて、追加の寄付は止めておいた方がよい。」
95の年寄りの夢と食欲を壊したくなかったので、「今後、毎晩伊勢海老を食べるな」とは流石によう言わなかった。
お仕舞い




