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★第百十二話:泰子さんの話⑽「宝くじ」

★第百十二話:泰子さんの話⑽「宝くじ」


 先の日曜日、ホテルの最上階で泰子さんにお昼に焼き肉をご馳走になった。

 そこからマンションへ一緒に歩いて帰る途中に、宝くじを売っている店がある。私は宝くじを買ったことが無い。買うだけ無駄と思って、買いたい発想自体が無い。


 宝くじの売店の前を歩きながら、泰子さんが「買ってみようか!」と言った。私は黙っていたが反射的に心配になった:泰子さんなら、10万円分位でも買いそうな気がしたからだ。しかし直ぐに冗談と分かった:


「なあヒロシ、宝くじを買ったら、10億円を当てるんじゃ!」と、泰子さん。

「ーーーー」

「当たったら、10億円をみんなに配ってやるんじゃ。喜ぶぞ!」

「ーーーー」

「もちろん宝くじ代は、差し引いてからじゃ。」

「ーーーー?」


 もし10億円が当たったら、それは天から降ってきた偶然の運だから、元々無かったも同じ。そんなお金を自分は要らないから全部人にくれてやろう。けれども、宝くじ代数万円の必要経費はちゃんと差し引くよ、という訳だ。


 聞いて可笑しいと思った。10億円を人にポンとくれてやる気前の良さがある一方で、本人はケチの極み。大きな鷹揚さと一円の端までケチる計算高さ、二つの極端が同居している人。

 

 昨年7月に97で死んだ泰子さんの夫の事をふと思った。泰子さんと夫婦をやっていて、夫は振り回される一方で、随分と楽しかったかも知れないなーーー。


お仕舞い

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