★第百十一話:泰子さんの話⑨「ハンサムな泥棒」
★第百十一話:泰子さんの話⑨「ハンサムな泥棒」
泰子さんが神戸のマンションへ入居してから、短期間に簡単な工事をした:TVの設置とか(ガスを止めて)電気レンジへの切り替えとか。部屋の家主として私もその都度立ち会った。日常生活が一人で自立して出来るようにと、その内にヘルパーさんや介助の人もやって来る事になる。が、そんな時に何時も私が居るとは限らない。
泰子さんは、岡山の自宅を売却したお金など、現金も含めて銀行の預金通帳類をマンション内に置いていた。岡山に住居していた時も自宅に置いていたらしい。だから神戸へ来てもそのやり方をしていた。
マンション自体は管理人も常駐している。玄関ホールの出入り口のロック設備や個々の部屋へのロックシステム(=指紋認証)なども含めて、一般水準より安全性の高い造りに成ってはいる。火事など、異常を感知すると全館に警報が鳴り響くシステムにもなっている。
そうだとしてもーーーだ。その気になって意図して狙う犯罪者がおれば、必ずしも万全とは言えない。例えば私がいい例だ:私がもし犯罪者なら、元々素質がある方だから、(その方法はここに記載しないが)複数のロックシステムを簡単に通過出来ると思う。
まんまと部屋に侵入して年寄りの手足を縛り、口にガムテープを張られたら、おしゃべりな泰子さんも流石にお仕舞だ。壁一枚の隣人にさえ、私なら気配さえ気づかれまい。
これが当初から私は気にかかっていた:人の命まで取らないならば、実は完全犯罪こそもっとも起きやすいものだ。安全の為に全てを銀行の貸金庫に保管しようと、私は泰子さんへ提案した。そんな習慣が無かったから、本人はひどく嫌がった。銀行の人に盗られるかもしれないと心配した:
「この地区を何日も歩いてみたが、ヒロシ、皆親切でいい人達ばかりみたいじゃ。銀行の金庫なんぞへ入れると、出し入れが面倒くせえ」
「うん、そうだと思うよ。でもねーーー、泥棒はこの地区の人ではなくて、外の地区からはるばるやって来るんだ、95以上の年寄りを狙ってね。」
「ーーーー?」
「近くの中央公園でも何時も安全ではないらしいよ。夏の夜遅くは年寄りの一人歩きを狙って「おやじ狩り」が起きるそうだ。「アンタはもう歳なんだから、そんなのに参加するな」と、ウチの好美は僕にそう言うんだけれどね」
「ーーーー??」
「神戸の泥棒は背広を着てハンサムだから、一見善人に見えるんだ。道でバッタリ泥棒に出遭っても、泰子さんは見分け方を知らないでしょう。そこが心配なんだよ」と、まるで自分の事を言っているみたいに感じながら、噛んで含めるように言い聞かせた。
「それに、部屋の中に例えば33万円を置いていた時に、誰かに(例えば、介護の人や工事の出入りの人に)2万円抜かれても分からないでしょう。泰子さんは毎回残金を数えないから。そうでしょ? ね、だから銀行に保管しようよ。手元に常時置いておく現金は精々10万~20万円までにしようよ。その程度なら万が一盗まれても、破産する事はない。」
丁度マンションの隣が銀行だ。アレコレやっとこさ説得して、嫌がる年間使用料2万円を無理やり払わせて、貸金庫へ全財産を保管する事になった。私がカギを預かる事にしたから、ひと安心である。後は放っておいてもよかろう。
お仕舞い




