大きな資産を入手
38.大きな資産を入手
T社は、決して悪い会社ではなかった。ここで生涯に役立つ二つの大きな資産を手に入れる事になる。一つは配偶者で、社内結婚した。他の一つは輸出部に配属されて、語学(英語)を徹底して叩き込まれた。お陰で日本語の文章を書くのと英語で書くのと、スピードが同じになったのは恰好が良かった。この二つは、後年「社長になる為」に大いに役立ち、抜きにして私の生涯は語れない。
輸出部要員として更に二年の訓練の末、三十前に海外へ何度か派遣されるようになった。こうして語学を含めて、今で言う「キャリアを積んだ」事になる。
因みに:近年は学校を卒業しても、親に経済的なゆとりがある為か、直ぐに就職せず派遣(=アルバイト)でお茶を濁したり、非正規社員として正業に付かない若い人が時々居る。人生の先輩として忠告したいが、これは「大変良くない」どころか、最悪の選択。保証してもよいが、折角の人生を棒に振る。
会社というのは、例えばウチもそうだが、「腰掛でやる人」を本気で鍛えたり・叱ったり・指導しようとは考えないからだ。何でも吸収出来る頭が柔軟な若い時に腰掛でお茶を濁すと、「キャリアを積む」機会を失う。キャリアとは人生の「財産」の基礎を作る事。基礎無しに人生という家は建てられない。卒業直後の就労は「生きる手法」を学ぶ道場だ。
この鍛錬のチャンスは、大概学校卒業直後の数年内に「一度しか」訪れないもの。考えても見給え、四十・五十になった人を、叱ったり親身になって鍛錬してくれる会社や目上の先輩など、どこぞにあろうか! 人は年齢の生き物で、その年代でしか積めないキャリアがあり、四十・五十代では遅すぎる。「五十の手習い」という言葉があるが、あくまで「手習い」の範囲。もうプロにはなれない。
私の場合で言えば、(元々英語は不得意だったのに)ビジネスで鍛えられた語学は単なる英会話や学校で学ぶお遊びや文学ではない。(工業用チェインという商品を買わせるように)英語の文章で人を巧みに説得し、たぶらかす技術であり、値引き交渉もやり、見積書の作成や輸出手続きも含めた実戦的ビジネス。商品さえ有れば、自分一人で明日からでも輸出会社が出来るようなもの。これがキャリア。
「キャリアを積む機会」を若い時に逃すと、生涯を貧困で終えてしまう。私の歳になれば身の周りで、それが為に(失意の)生涯を送る人の例を多く見る。残酷なのは、人生の「後半になって」これに気付き、その時にはもう取り返し利かない点だ。いや、生涯気付きさえしない人も実際に多い。(キャリアを積んだ時の)もう一つの自分の人生を知らないから、本人に分からない。キャリアを積んだ人にはそれが見える。




