何となく華々しかった
因みに、泰子さんの夫である叔父さん(=「男」という言い方を改めて、以後ランクアップして、「叔父さん」と呼ぶ)が大成功するこの当時の歴史年表をくってみた。同時期の私が何をしていたかと言えば、どん底の失業者で積極的に生活苦に耽っていた。夜明け前の人の人生はそういうものだ。私の人生にラッキーは多いが、何時も成功している訳ではない。
話を戻して:社長夫人となった泰子さんは、お金に任せてブランドものの衣服や靴や宝物を買うのに余念が無く、誰彼なく見せびらかして自慢していたようだ。これがオキャンでズケズケした性格に加わったから、それまでにも増して周りの特に女たちの間に敵を増やした。私は男でもあるし、元来ブランドものに無関心な鈍感さだから、話を伝え聞いても「ふ~ん、そうかいな」程度の認識しかなかった。因みに、上等の部類には違いないが今も私の車は国産車である。
叔父さんの時代から約20年遅れて分野こそ違ったが、私はセールスマンシップに開眼してこれが切っ掛けで、後を追うように起業した。やがて親戚の間で叔父さんと私は、周りから何となく比べて見られるようになった。社歴の長さが違うし私は遥かに年下でそんな気持ちは無かったが、叔父さんの方では私へライバル意識を抱くようになったみたいだ。
「ぞうり取り」からの出世というだけで既に一大事業であり、しかも叔父さんの会社の方が規模が大きく広告業界だけに何となく華々しかった。




