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立売堀( いたちぼり)

37.立売堀( いたちぼり)


 社名からして地味な印象の会社ではあったが、当時社員が400名位だったから、頑張れば社長になれなくはないと考えたからでもある。


 ここへ一緒に紛れ込んだ学卒は、他の学校分も含めて17名。入ってみて分かったが、新入社員を丁寧に育てようという良心的な会社で、今でもこの伝統は生きているのだろうと思う。

 入社のオリエンテーションで、京都の黄檗山の寺で数日間泊まり込みで座禅を体験した。座禅の合間に寺の清掃をしたり、会社の人事部の課長が講師となってT社の歴史を語った。物の考え方など、要するに学生気分だった新入社員の頭を一気に企業人へ切り替えさせ、叩きなおすのが目的である。


 そんなお寺での研修で、講師が「会社・企業の目的は何か?」と質問した。新入社員の中から数人に指名して応えさせた:

・「商品(=工業用チェイン)の製造販売を通じて、日本産業の発展に尽くすのが目的です」

・「自己の人生を作るため」

・「会社は自分を磨く場です」という社員もいた。

 中には、

・「仕事と商品を通じて、社会の発展と人の幸せに尽くすため」と、高邁な精神に訴えるのもいた。

 

 そんな色良い返事を耳にして、ほんまかいなと感じた。「うまくこしらえやがったなーーー。うそ、コケ!」と心で思ったりした。思うのは自由だ、そう思って油断していたら生意気に見えたか、最後に突然指名された:


「いや、そうじゃないと思います。会社は金儲けが第一の目的。それ以外にありません!」と、どぎまぎして顔を赤らめながら正直に応えたら、畳敷きの広い部屋に一瞬の静寂が落ちた。全員が固唾をのみ緊張した。何かが起きるーーー、講師から罵声と叱責が飛んで来るかと思ったろうか。

 やっと、講師が私の後を引き受けて口を開いた:「XXX君、君が正解だよ!」 私と全員がびっくりした。


 私が経営する今の会社でも同じだが、会社の目的は「金儲け」。外に用事はない。

「人の為・世の為」と言うが、実はそれは付随的な結果に過ぎない。会社がどこぞの文化博物館へ寄付が出来たり、社員が退職金を沢山貰えたり、春の慰安旅行が出来たり、世の為に福祉施設を建設出来たりするのはーーー、一体どうしてか? 「先に」金を儲けていないと実現出来ない、のは誰が考えても分かるじゃないか。どの会社に限らず金儲けの下手な社長は、即刻交代すべきなのである。この正解が分からない人は案外多い。


 そんなオリエンテーションの後、一人一人が違った各部署に仮配属された。私の場合、工場現場での実習、研究所、設計部、販売代理店の人と一緒に営業経験もさせられるなど、一年半近く新人教育を受けた。この研修期間中に起きた、ちょっとしたエピソード:


 大阪の立売堀( いたちぼり)という処は工具街で、狭い地区に沢山の工具屋が寄り集まっている。営業研修の一環で私は大阪営業所に約十ケ月間配属された。私が任された取引先(工業用チェーンの販売小売店)として、立売堀地区にW商店があった。

 社員が五~六名の店で、その中の一人の小僧さんの車に同乗して、一緒に顧客巡りをした事がある。地方から出てきた中卒だった。私より二つ三つ年下で、その店に住み込みで働き、もうニ十歳くらいの営業マンである。


 車に乗せてもらって何度か一緒に顧客巡りする内にすっかり仲良くなった。職場で与えられた以上に仕事をするのが、私。昼食の休憩で一緒に入った喫茶店で、するともなしに私はこんな話を語った:

「何時までも人に使われる小僧さんであってはいけない。(独立して)社長になるべきだ。そうすれば、中卒も大卒も区別はないーーー、大卒が偉いわけじゃない。人生は一度しかない。それくらいな事をやらないと、人間はばが利かない」と焚きつけたのである。


 同乗する車の中で彼が自分の学歴の乏しさを残念がっていたので、夢を与えて励ます積りであった。うるさがらずに話を聴いただけでなく、彼は感動して念入りに揺さぶられ、顔が引き締まった。この感動話を彼は同僚の別の中卒の小僧さんへ語った。同僚の小僧さんは、同じ話を又別の同僚にしたらしい。何よりも外にすることがなかったからだろう。 


 一ヶ月経った或る日、どこから手がかりを得たか、犯人が挙げられた。上司である販売課長から、私は突然任意同行で呼び出しを受けたのである:

「W商店の社長から、昨日電話があって、苦情を言われたぞ! え、何か? 君はその店の小僧さんに、『(独立して)社長になれ!』とそそのかしたらしいな。そんな事になって社員が次々独立して辞めてしまうと、W社は立ち行かなくなるじゃないか。馬鹿な事を、言いふらすんじゃない!」と、年齢に相応しい茶色い声で言われた。

 

 率直に言えば、命の縮むほどの寒気を感じた。幸い、課長は私が(T社を辞めて)「同じことをやるかも」とは、考えても見なかったようだ。そして問題はそれ以上大きくならなかった。


 社長になりたいが為に、私は「はた迷惑な害毒」さえ撒き散らしていた事になる。こうして何時までも「社長になる・夢を忘れなかった」と書けば、信念を曲げない美点のように思われるかも知れない。が、今になって振り返ると、一つの事に執着して他を省みられない思考の狭さは、一種狂信的なもので決してノーマルな姿とは言えない。軽い自閉症の一種ではないかと、自分を疑っている。


 それにしても、当時の小僧さんはその後の人生をどう生きたろうかーーー? 私の話を感動して聴いたとしても、それぞれ人には自分に向いた仕事というものがあるから。

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