やすこお姉さん
「ワタシは、オマエの友達ではない!」と、先ず第一声でタンカを切った。
こっちがきょとんとしていると、「これからは『やっちゃん』ではなく、『やすこお姉さん』と言いんさい(=言いなさい)」と厳命された。70%も余分に長い呼び方だ。
「ーーーー」と、感の鈍い私は返事のしようが分からない。
「試しに練習の為に、そう言ってみんさい(=みなさい)」と、たたみかけるように相手は即刻の試運転を要求した。
「やすこお姉さんーーー」と、ボソリと言ってみた。
言い慣れない言葉の響きに私は自ら戸惑い、世の中から好きな「やっちゃん」が消えて無くなり、代わりに見知らぬ「外国人」がそこに居るみたいな寂しい気がした。それに「やっちゃん」となら将来充分可能だが、「xxxお姉さん」となると、これはもう結婚は無理だとがっかりしたのを私は覚えている。小三の子供心にも、二つの区別が付いたのだ。
「やっちゃん」にすれば、人質で神戸から預けられて来たジャリンコに、12も年上の自分が気易く呼びかけられる筋合いはない、と考えた訳だ。私は以後そう呼ぶようにした。
その家には外に子供は居なかったし、やっちゃん自身が末っ子でもあったから、「xxxお姉さん」と呼びかける人なんて世界中に私一人しか居なかった。私にそう呼ばれるようになって内心で嬉しかった筈で、「やすこお姉さん」の機嫌は大層よくなった。けれども、残念ながら何か見合うお返しを貰った記憶は無い。
やがて、「やすこお姉さん」が結婚してからは、「泰子おばさん」と私は呼ぶようになった。けれども、今では「おばさん」を外して、(親戚の間で私一人だけがそう言うが)ここ十年ばかりは親しみを込めて「泰子さん」と呼んでいる。




