売るのが大変難しい
さらに加えて、在来の商品だけに頼っていてはじり貧だったから、経営の新しい柱を求めて筆者は試行錯誤に苦労していた。それか倒産だった。
思い出して感慨深いのは、新商品のアイデアを求めて当時ドイツのハノーバ国際見本市へ単身出掛けた事だ。とても大きな展示会で数日間掛けてじっくり見学した。
沢山の展示ブースの中でコレ!というのを見つけたのが、SH社の製品である。製品を眺めて、筆者の第六感は合理的だった:これを売るのは大変難しかろうなーーー、売れないかも知れない。しかし「良いもの」だ。証拠にこの会社は、この製品だけで食ってるじゃないかーーー。外にどんな証明が要る!? 実に充分じゃないか!
その場で直談判に取り掛かった。書けばたった一行だが、すり合わせの為に日を改めてその後相手の工場へ数回出張するなど数ケ月を要して販売・技術提携に持ち込んだ。「58の時」だった。
ウチはもともとが小さな会社だったから、新しい技術を学んだり習得するのは、他人任せには出来ず、何もかも筆者が一人で担わざるを得なかった。分からない事はこっちから求めて教えを乞い、相手会社SH社からみっちり研修を受けて勉強した。
(売り難いこの製品を)SH社がどうやって販売しているのかも、研修を受けながら密かに研究した。最も知りたいポイントだ。質問した処、彼らの回答は驚くほど手短かで予想外に素晴らしかった:「ウチには営業マンが一人も居りません!」 なるほどーーー、実に良い回答だと筆者は思った。
SH社から見れば、数ある取引先の中で、恐らく筆者程研究熱心でしつこい勉強家は無かったろうから、驚いたに違いない。けれども提携した新規事業を成功させるためには、それが必須のステップと自分ではちゃんと分かっていた。
当時自分が58という年齢を意識した事は無かったし、正直を言って、歳だから「出来ない」と感じる暇は無かった。ただ、前を見つめて懸命だった。それから約20年が経った現在、この新規事業は国内で最大の販売シェアを獲得するまでに育ったから、筆者の読みは見事に的中した。国内の同業者は、(先に書いた通り)「売るのが大変難しい」から、追い付けないのだ。が、その華々しい成果を今自慢している暇はない:




