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チ~カメ、チカメ

 筆者の配偶者は、紀州日高町に住居する割に豊かな農家の育ち。長屋門があるほどではないが、家は岩岡村の農家と共通した作りだった。今はそれ程ではないが、結婚前に付き合っていた頃には農家育ちの娘と聞くだけで、身体からだから何やら日向ひなたの匂いが立ち上る気がしたものだ。いい匂いだから、同じ結婚するなら農家の娘を人に勧めたい。


 今の歳になっても、配偶者が時折話す昔の田舎の生活の話を聴くのが好きだ。今まで繰り返し女は同じ話を語り聞かせた:元旦には、主(父親)が一番最初に寝床から起き出して湯を沸かし女を働かせないのが習わしだったとか、幼いころ庭先に猿回しが来て芸をしたとか、ミカンや餅を沢山与えた事などー――、を語った。夏に四つ下の妹が土間でマムシに噛まれた怖い話もあったし、お正月近くになると「もう幾つ寝るとお正月―――♪」の歌を寝床の中で幼い姉妹で歌ったーーー、なんてほのぼのする話もある。


 一方で、小学校では眼鏡をかけた同級生を「チ~カメ、チカメ」とからかった話もあり、そんな時は聞いていて近視の筆者をひどく憤慨させる。筆者みたいに育ちの良くない男の子にも、無論幼い時代は等しくあった。が、損か得かのいじましい話ばかりで「チ~カメ、チカメ」の被害者の立場でもあったから、情緒もへったくれも無かった。虐められながら、筆者がグレなかったのは不思議だ。


 女が語り聞かせる話は高校時代にも及ぶ:本人は生物クラブに入っていたらしいが、クラブを指導する若い男の先生は私を好きだったのよだとか、卒業間際に同級生からつけ文(=ラブレタの事で、今でもこんな言葉があるのだろうか)されたが、読まずに破り捨てたとかの話もあって、今の歳になっても、こっちを必要以上にヤキモキさせる。

  

 この女、喧嘩をすれば何時もこっちを窮地に陥れる相手。これは田舎というバックボーンを持つ女には、何か大地が味方しているみたいにどっしりとした頑丈さがあって、それだけで気おされるからだ。田舎を宝物として持つ女をうらやましく感じるが、そんな話を聞けるだけでも結婚した価値があると思っている。

 こんな背景もあってか、筆者は何となく岩岡村の人達や雰囲気が好きである。



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