身を翻して消えた
続いて「背後から木をかっぱらって来い」は、斬新なアイデアだと気づいた。誰も思いつきさえしない、少なくとも私には。そんな泥棒をしたって誰に迷惑をかけるでもない。そんな盗みを何故恐れるのか。固体みたいな鉄の堅さから、柔軟性のある人間へ私が変身したのはこれが切っ掛である。下手な絵の失敗から失敗以上のものを学び、明治維新みたいに「新しい自分」が誕生した気がした。
「間が抜けるなら取って来い」の「教え」は年月を経てスマートに磨かれ、その後私の中で長足の進歩を遂げた。後年私は、同年代の友達の多くが選び取るのとは少し「違う風景」の人生を追い求めるようになった。女先生の言葉を借りるなら、きっとこう言うに違いないからだ:
「XXX君、人生と言う風景画に波風も無く何も目立った処が無いなら、間が抜ける。間が抜けるなら、それは君の人生ではない。何も無ければ、何処ぞでかっぱらって取って来なさい! ―――それも無いなら、自分で創りだせ」
「かっぱらって」取って来たのが(人があまりやらない)「会社の起業」であった。起業と言えば聞こえは良いが、実を言えば相手が油断してる間に他人の会社を半分乗取ったみたいにして実行した。迷惑な事に、かっぱらわれた方は今や潰れかかっている。かっぱらいに成功した。
さらさらと私のスケッチの中に一本の木を描き加え、女先生はさっと身を翻して消えてしまったーーー。臨時教員だったから、授業を受けたのは一回切りで二度と巡り会う事は無かった。残念な事に、お名前を憶えていない。それでも、投げられたボールを私はしっかり捕まえた気がしている。
中学の三年間に、いろいろな先生がおられた。理科・英語・数学を教わった。それら主要教科の先生には少なくとも一年かそれ以上の年月、授業を通じてお世話になり、指導を受けたことになる。大抵が女先生よりは年上だった。そんなベテランの先生方を差し置いて、私の人生を左右したのが、若い臨時教員によるたった一時間の「絵画の授業」。私の横っ面を張り倒し、強烈な印象を残して去って行った。
画用紙のあの木のスケッチが、今も目に鮮明に残っている。描き加えてくれた「値打ち物」の鉛筆画を、手元に残して置けば好かったーーーと今でも悔やまれる。お会いしたいとは思うが、もう半世紀以上前の遠い昔の話になってしまった。
完
2023.6.14




