探索
27. 探索
石垣から腰をあげ、辺りを見回し始めた。 道案内で、昔女の子が本道から外れて「こっち!」と私へ示した分岐点は、この辺りの筈だ。山頂まで登る計画を中止して、私は積極的に辺りの探索を開始した。
だが、事は簡単ではない。何処へ至るか判らない幾筋もの幅の細い道があった。標高が低い山でありながら案外樹木が生い茂っており、それらしい道の入り口に立っても、先までは見通せない。見当をつけた幾つかの山道を、片端から途中まで行きつ戻りつして、すっかり薄暗くなるまで探索したが、とうとうその日は時間切れで諦めてしまった。
判らないとなると、気に掛かる。その後も思い出すようにして、初めから茶店を探索する強い目的を持って、会社の休日に何度か山へ出掛けた。見当を付けて幾通りかの細い道を次々選んで突撃的に奥まで入り込んで行った。精々250米程度の山である。が、辺り一帯が須磨アルプス連峰と名がある通り、低山でありながら所々深い谷があったりで、登っても毎回判らなかったのである。
頂上にも沢山木があって必ずしも眺望が良い訳ではないが、鉄拐山の頂上まで登って、木々を選り分けで念を入れて下方を眺め回した。それでも判らない。茶店かその跡地さえ見付からないのが、探索しながら理屈として不可解であった。既に廃屋になっているとしても、遠望すれば影くらいあってもよい筈。速足だったとはいえ、小ニの女の子の足だから、当時登山口から歩けた範囲と距離は多寡が知れているーーー。
もっとも、十五年程も昔の幼かった小二時代の事件である。当時は気持が動転していたから、記憶に多少曖昧な処がある。本道から茶店への分かれ道はもっと標高の高い位置だったような気がしたり、右の山道と思い込んでいたが、本当は反対の左ではなかったのかという気の迷いまでして、そうなると、記憶の何処までが正しかったのか、自信が持てなくなった。
延べ日数で三日間は丸一日全山を探し回った事になろうか。が、ついに分らず、とうとうアレは現実世界と幻想の境目にあって、小ニの遠い昔の記憶間違いだったかと怪しんだ。茶店は、謎のまま消失してしまったのである。
恐らく、取るに足りないごくちっぽけな茶店だったのだろう。山の何処かにあったが、過去十五年の間に取り壊され、跡は深い草木に埋もれてしまったと考えるより仕方なかった。それでも、何か不思議な気がした。
やがて私は家庭を持ち、潮見台を離れ大阪市へ移り、その後地方都市へ移り住んで、二人の男の子ももうけた。高倉町という言葉を聞く機会は、もう無かった。何時しか茶店の事も女の子の事も、日々の生活の営みの底へ埋もれ、一種の幻想として失われて行った。それが初恋と呼べたかどうか、それらしいものは本当に痕跡さえ無くなってしまった。
けれどもーーー本人が自覚しないまま、「女の子」は判らないように姿を変えて、私の中に棲み続けたのである。まるで陰で秘密の遺伝子が本来の役目を厳格に遂行するようにして私を支配した。結果として私の家族をも巻き込んだ。以後何十年と歳を取るまで、私がこれに気付く事は無かった。




