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◎第九十二話:「幸せの在りかと老人」の話
◎第九十二話:「幸せの在りかと老人」の話
先のエッセイで、幸せの「在りか」は「人を愛する」(=愛する人を持つ)事と、「労働」(=仕事をする)事の二つに在ると書いた。理解は大幅にすすんだと思うが、これを達成するのは、(カール・ブッセの言う)山の彼方まで訪ね回る程には難しくはない。一例として「仲の良い夫婦」は、掛け値なしに最高の幸せと先に書いたように、多くの人に達成が可能な範囲と思う。
とは言え歳が行くと幸せになりたい気があっても、実行が難しくなるのは否めない。誰か(=誰かなんて書いたが、配偶者しかいない筈だが)と打ち解けた仲なりたいと思っても、年寄りに異性は誰一人寄って来ないし、こっちから寄って行こうとするとシッシ!と追っ払われる。こうなると人を愛するのは難しい。
これは未だマシな方で、愛する人に先立たれて「おひとり様の老後」となる人も居る。そんな時に「辛いねーーー」とだけ言い励まさない事にしているが、荒涼たるわびしさしかなく本人以外に分からない辛さだ。
こんな時幸福探しはどうなるのだろう。先のエッセイでも回答を与えていない。




