象あざらし
5. 象あざらし
イジメも含めて、私は教室で女によくもてるーーと思っていた。が、これはどうやら勝手なうぬぼれであった。女達から笑みをたたえて話しかけられたり、手首をぐいっと太ももまで引っ張られる格別な好意も、もてるからでは無さそうだと気づいたのは、入学後ニケ月くらい経ってから。
授業の中ほどにある十分間の休憩時間に、女達はおしゃべりする。大概私は隅で聴き役で、彼女らは何時も私がまるで「存在しない」かのような話し振りをする。七十は、男の数に勘定していないのだ。湿り気の無い「干物」で、「種無しブドウ」であり、メス猫でさえ無視する「人畜無害な生き物」と女達は勝手に解釈している。まあ無理も無いかーーー、私はどうやらそんな歳。
反面これは私に好都合でもある。何故なら女達が油断していて女の秘密が色々判るからだ。おしゃべりを聞いていると、実にアケスケに男の悪口を言い、女の内幕を語るのに隠す処が無い。スキだらけで、言うなれば私は透明人間になって、女風呂に潜入して見聞しているみたいなもの。話題はあちらこちらに飛び、ネイルアート(=マニキュアの一種)のデザインへも関心が高い。
「おオモチツキの最中に、キュッと感じたのよ。思わず声が出たわ。彼にしがみついて背中に爪を立てたら、折角のアートが剥げちゃった。大損害、ダメージが大きいよ!」と聞いた時には、流石にこっちは度肝を抜かれた。ナマナマシイ話が無造作に出て来て、周りの女達は「キャハハー、判る、判る!」と笑い飛ばす。判らないのは私だけ。
マニキュアは剥げると経済的損失が大きいが、おモチツキは何度やっても磨り減らないから、らしい。因みに、彼の背中の皮膚は象アザラシみたいだから、何度爪を立てても傷まないし、反って爪を研ぐのに便利であるらしい。干物の私も隅の方で、そんな話に「ケケケーーー」と奇怪な忍び笑いを漏らして、話を聞くのが楽しみの一つになっている。
人畜無害な女風呂の仙人をただで利用する積りか、時々恋愛問題の相談を持ち掛けられたり、不倫のやり方を具体的に教えてくれとせがまれる。五日間も便秘なのよと健康相談も寄せられる。どの分野でも造詣の深い私は、大学病院の精神科医と内科医を兼ねているようなものだ。
不倫のやり方では、こっちもニヤニヤとヤニ下がって、いやいや、元技術エンジニアらしく硬めの言葉を選びながら、そそのかす:
「ノウハウは技術が高度なんだよ、ダンナや彼にバレないように不倫を実行するには、それなりに修練が必要さ。一度マスターすれば、何度でも使える。一緒に研究しようよ。先ず僕みたいな代用品を使って不倫の予行演習から始めなきゃーーー。特に予習が大事なんだ」
が、干物の宿命とは思いたくないのだが、共同研究は未だ実現せず前向きに進展をしていない。




