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第7話

 ヒュプノイアに襲いかかった得体の知れぬ女性。


 虚ろな目が象徴するように、すでに正気を失っており、全身に刻まれた傷はすでに腐食をはじめているのか、ところどころが黒ずんで見える。

 いったい彼女に何があったのかを知るよしはないが、とにかく、“魔王”と呼ばれしヒュプノイアと戦えるだけの力を持った存在であることは理解できる。



「ふう。力を使われたらまずかったけど、おかげで同じ土俵に立てるわね」



 先ほどの攻撃と同様に、巨大な爪を生み出して攻撃してきたそれを躱し、後方へと蹴飛ばすと再び派手な砂埃が立ち上がる。

 力は強く、耐久力もあるが、動きは遅い。自分達が身を潜める岩場にやってきたヒュプノイアに水を手渡し、口を開く余裕は作れている。



「あれはなんなんですか?」


「そうね……。人間の成れの果てとでも言うのかしらね」


「人間?」


「まあ、ちょっと待っていなさい。後で話してあげるわ」



 そんな会話をしているうちに、見失っていたヒュプノイアの姿を認めたそれは、再び咆哮しながらこちらへとよってくる。


 動きは遅いと言っても、それはヒュプノイアと比べての話。

 あっという間に彼女の元に飛び込んできたそれは、それまでの緩慢な動きが嘘のように、高速で巨大な爪を振るっている。

 余裕の笑みを浮かべていたヒュプノイアも何カ所かに傷を負っている。だが、彼女も彼女で人間ではない。

 わずかな傷は自然治癒ですぐに塞がっていく。こうなってくると、お互いに消耗戦になることは明白だろう。

 なんとか手助けでも出来ないかと思い、腰に隠してある二丁の銃を手に取る。

 弾にはまだ余裕があり、現状、法術よりもこちらの方が頼りになる攻撃手段ではある。転生したばかりの時に賊徒達を撃ったが、射撃に関しては正確に行えているのだ。



「うん?」



 そんなことを考えていた矢先、ヒュプノイアの背後にて蠢く影の存在に気付く。一つ、二つではなく、すでに十を超えて浮かび上がる影。

 戦いに熱中しているのか、目の前の敵手の相手でいっぱいなのか、とにかくヒュプノイアはそれに気がついていなかったのだ。


 そして……。



「いかんっ、だが、銃では……」


 蠢いていた影は、やがてゆっくりとまとまり、虚空にて蠢きはじめる。それが何を意味するのかは分からなかったが、危険な匂いを感じる。

 背後から、先ほどと同様に鋭い爪の斬撃を受けたらどうなるか……。

 だが、銃が影に通用するかと言えば正直疑問である。命中してもすり抜けて再びまとまるだけかも知れず、銃声でヒュプノイアに気付かせるという手もあるが、変に意識を向けさせて隙を作るのもまずい。



「ん? 何を……?」



 その時、傍らに寝かされていた少女が、目を閉ざしたまま、刻印の宿った右手の甲に手を添えていることに気付く。同時に、刻印が光を灯しはじめ、それに伴って全身が昂揚しはじめる。



「攻撃対象を……しっかり決めて。後は、しっかりと形を思い浮かべる」


「なに?」



 なんとか絞り出すように口を開いた少女であったが、やはり苦しそうに表情を歪めて岩にもたれかかる。

 今彼女が告げたのは、法術の使役の方法なのであろうか?

 現に右手には何某かの力の集中を感じるのだ。



「やってみるしかない。――っ!!」



 そんな時、蠢いていた影がはっきりと女性の形となって、ヒュプノイアの影から襲いかからんと彼女に接近している。

 もはや、躊躇しているヒマはない。



「くそ、間に合えっ!!」



 そう言うと、右手をかざして意識を集中させる。

 刹那、紫紺の光りと赤紫の入り混じった光が虚空にあらわれたかと思うと、激しい閃光とともにまるで稲妻のようにそれらが影へと向かって襲いかかっていく。


 不意を討つつもりが不意を討たれる形になった影。一挙に放たれた光の束によって、その役割は強制的に終焉を迎えることになる。

 断末魔を上げることもなく、光に飲みこまれた影は、次に眩い閃光が走ったかと思うと、目の前から消滅していた。



「これが……、法術?」


「うぐあわあわわらああああああああっ!!」


「な、なんだ?」


「しまったっ!! 待ちなっ!!」



 そんな光景に唖然としつつ自分の手に視線を落とす。


 自分がやったことにしばし呆然と仕掛けたのだが、再びの咆哮に思わず目を見開く。自分と同様に状況に飲みこまれていたヒュプノイアの声が耳に届くも、彼女よりもはるかに早い速度で女性がこちらへと向かってくる。

 それまで、これほど機敏に動くことがなかったそれであったが、先ほどまでの虚ろな目から一転、狂気を孕んだ視線をこちらへと向けてくる。



「駄目っ!! やめて、ルルーシアっ!!」



 そんな時、傍らから飛び出す小さな影。


 傍らにて顔を歪めていた少女が、自分の目の前に立って女性を止めるべく両手を開いたのだ。

 ルルーシアと呼んだのは、女性の名であろうか? しかし、今は自分の目の前に立つ少女を守ることの方が先決だった。

 そして、女性が少女に襲いかかろうとした瞬間、二人の間に立つ。だが……。



「うぐっ!?」


「ふしゅ、ふふふふ、ついに、見つけたぞ。私の……がふっ!?」


「しぶとい女だね本当に」



 間に立った自分の首を掴んで持ち上げる女性。狂気に満ちた笑みを浮かべながら向けてくる視線に、自然と身体が強ばるも締め付ける力はさらに強くなっていく。

 そんな女性の胸元を背後から貫いたヒュプノイアがそう毒づくも、女性は浮かべた笑みを代えないままさらに口を開く。



「ふふふふふ、無駄よヒュプノイア。私のこの身体はすでに崩壊している。だが、こうして依り代は手に入れた。うふふふ」


「馬鹿言ってんじゃないわよ。その子はその子。あんたのものじゃない」


「うふふふしゅしゅ、だったら、止めてみなさいよっ」


「くっ、どうすれば――っ!? フソラ?」



 そんな調子のやり取りを耳にしつつ、腰にある銃を手にすると、ゆっくりと女性――ルルーシアの額に突き付ける。



「えっ?」


「身体は壊れて大丈夫でも、それを考える脳が壊されたら終わりだろ?」



 唖然としたまま、銀色に輝く銃に視線を向けるルルーシア。

 躊躇うことなく引き金を引くと、乾いた音ともに、鮮血が周囲へと飛び散っていった。

 刹那、黒色の光が目の前を包み込んだかと思うと、全身に激痛が走り始める。




「ぐっ!? な、なんだ、これはっ!? う、ぐ、あああああああああ」



 掴まれていた首から圧力が消え、地面に叩きつけられるも、その痛み以上に、全身をすべて抉られているかのような、ほじくり返されているかのような痛みが走り、全身から汗が噴き出してくる。

 ラウネーが、いやヒュプノイアが慌てて駆け寄ってくる姿。その背後からは、祖父オルフェノとジェノン神官長の姿も見える。

 心配して駆けつけて来てくれたのかと思ったが、それを見ても激痛が解消される気配は無い。



「うう、な、なんなんだこれはっっっっっ!? …………あ、うう」



 更なる激痛に声を上げ続ける。だが、次の瞬間には急激に痛みが引いていく。

 何かに触れられていること、周囲が柔らかい光に包まれていることに気付いたのは、気を失うほんの数瞬前のことであった。

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