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第4話

 日の出とともに起床し、身支度と整頓、神官総出での清掃、炊事、洗濯を行い、それを終えるとは敷地内にある泉にて身を清める。

 そして、日が南中するまでの間は全員で礼拝を行う。

 それを終えたのち、日が没するまでは各々の「修験」と呼ばれる鍛錬や勉学などの時間となる。

 その後、夕食後に再び身を清め、一日最後の礼拝を終えて就寝する。


 神殿における生活は、高位神官となるまでは一事が万事、この様式に沿った生活の繰り返しであった。

 そのため、知識や教育の集積所としての一面が神殿にはあり、ラウネーのような若い神官でも、智者として尊重され、人々の生活の助けとなる側面が存在していた。

 オルフェノが、フソラを守るべくこの地を用意したのは、過酷な運命が待ち受けるであろう孫の未来の助けとなる事を願ってでもあった。


 そして、ラウネーの教えや助けを得ながら生活を続けて、数年が経とうとしていた。



◇◆◇



「うーん……、素晴らしい理解力ね」


「ありがとうございます」



 自分がまとめた経済や歴史などのまとめに満足したのであろう、それらに目を通したラウネーが満足げに頷いている。

 神殿にて生活をはじめてから数年。日々の庶務を終えると、彼女はこうして自分への教育係を買って出てくれていた。

 はじめは物腰柔らかな印象であった彼女も、教師としては中々厳しく、その雰囲気とは裏腹に、仮初めの知識に驕った神官達を手厳しくやり込めたりもする面もある。

 当然、自分に対する評価も辛口で、彼女が自分を褒めることは大変珍しかったりするのだ。



「品行方正。真面目で素行面の評価も高い……、閣下もお喜びになられるわよ?」


「ありがとうございます」



 閣下とは、祖父オルフェノの事である。


 あの日、自分を協会に預けた彼は、そのままこの田舎町に移り住み、隠居生活を送っている。

 獣人とのハーフである自分が、特に障害もなく協会に受け入れられたのは、祖父がジェノン神官長とラウネーの知人であったことと同時に、オルフェノの名声や定期的に送られてくる多額の寄付金に寄る。

 もちろん、実家からの寄付金等があるはずもなく、すべてはオルフェノの声望をもとにしたモノであり、彼自身の私有財産からも支払われている。


 これらを可能にするほどの名声。


 それは、パルティア王国軍にあって幾度となく隣国の侵略を退け、国家の守護神として名を知らぬ人間は存在しないと言われる英雄的人物であったことに帰する。

 そんな人物が、自身の孫が原因となってその地位を擲ち、田舎にて隠遁生活を強いられている。

 そんな同情が彼のシンパや庶民からの寄付金となって集まってくるのだが、オルフェノはそれをあっさりと教会への寄付金に回しているのだ。



「気持ちはありがてえが、金には別に困ってないしな」



 恐縮している神官たちにそう言って笑った彼であったが、少なくとも、自分のためであることは分かる。

 だからこそ、彼に恥をかかせるような行動をとるわけにはいかなかったのだ。



「ところで、あなた、お母さまに会いたいと思ったことはある?」


「母にですか? …………特には」



 そんな自分に対し、書類に目を落としていたラウネ―が改めて問いかけてくる。

 だが、母に当たるリゼラのことなど、彼女に言われてようやく思い出したほどだ。それまで意識したことはないし、するとしてもオルフェノの事だ。

 ただ、どこか自分を試しているような雰囲気を感じる。



「そ。だと思った」



 そして、そんな自分の心情など、彼女はとうに見破っているようであった。



「だから、どうしたんですか?」


「ううん、なんとなく。ただ、この刻印学のまとめ。これを見ていると、やっぱり親子だなとね」


「と言いますと?」


「貴方は資料でしか知り得ないことだけど、リゼラ様は国内有数の法術師。父親であるロリシオン閣下の戦績の助けになった事は数知れないわ」


「……ええ」



 神殿に預けられた後、ここパルティア王国の情勢等の資料には目を通している。祖父オルフェノの戦歴や、リゼラ、カリーヌ達の業績などを。

 オルフェノが国軍の総帥であったことのほか、リゼラとカリーヌも門閥貴族として政戦の中枢にあったことなども。



「あまりうれしく無さそうね。ま、せっかくだし、今日から刻印学の応用に入ってみようと思うわ」


「応用……、法術ですか」


「そっ。基礎的な知識はもう貴方に教えることはないからね」



 法術。それは、この世界における魔法の呼び方である。


 そして、ラウネーが口にした刻印学とは、その法術の使役とその助けになる“刻印”と呼ばれる存在に関する知識である。

 この刻印とは、この世界を統べる十六神と彼らに敗れてその傘下に加えられた八神の力が封じられた力の根源体であり、教皇とその傘下にある十三人の大司教にその欠片が与えられ、力の行使が許されている。

 神殿が神権を持てるのは、知識の集積所という側面とともに、法術という大いなる力の独占も背景にあるのだ。


 現状、行使を許されている力は聖神ユピューテより与えられし、“聖”の力をはじめ、雷、氷、炎、風、水、地、草花、金属、竜、精霊、獣。そして、禁忌とされる闇の力の全十三種とされる。


 刻印学はこれらの応用法を研究する学問と言える。

 非常に興味深い分野ではあったが、残念ながら自分には縁のない話だとも思う。



「ですが、法術の類は大司教猊下より下賜された刻印によって使役され、信仰厚き者にしか授けられないと聞いています。残念ですが、私は神殿への感謝の念はあっても、信心や忠誠等などは持ち合わせていません」


「あー、そう言う……。ま、そうよね。秀才君ならそう答えるわよね」



 法術と刻印は神殿が独占する技術と言える。神殿内の派閥争い等に使われることもあるが、基本的には神への信仰。即ち、神殿への忠誠厚き人間だけが独占できる技術なのだ。

 亜人であり、信仰心など持ち合わせていない自分には縁のない話だ。


 しかし、ラウネーの言い方はどこか含みのあるモノである。



「と言いますと?」

「そうねえ、ここじゃあ何だから、ちょっと散歩にでも行きましょう」



 相変わらず試すような雰囲気を纏ったままラウネーは微笑みながらそう告げると、神殿から町の郊外に広がる森へと自分を伴う。

 ここは神殿の敷地で、この中に身を清める泉がいくつか点在している。

 そして、森を抜けた先には、柔らかな風が流れる丘があり、神殿の者達が時折気持ちを休めるために訪れる。

 今日は都合良く誰も居ないようだ。



「ふう、さすがに神殿で問題発言をするわけにはいかないからね」


「問題発言ですか?」



 ベールを脱ぎ、風に身をかませるように身体を伸ばしたラウネーの金色の髪が風に靡いている。

 発言は軽やかなモノであったが、その姿はどこか背中がゾクリとするほどの色気に満ちている。


 彼女の雰囲気が普段とどこか異なる事と関係があるのであろうか?



「ええと。まず、印のことだけどね。司教から下賜される以外に入手手段がないなんてのは、真っ赤な嘘よ」


「……では、いったい」


「その前に、フソラ。貴方は力が欲しい?」


「唐突ですね。何をお考えで?」


「質問に答えなさい」


「私の質問に答えていただければ」



 平然と神殿に関する事実を嘘と断じるラウネー。


 その表情は相変わらずの不敵な笑みであったが、実際の所、目は笑っていない。むしろ、油断すれば彼女の言に逆らうこと無き人形と化してしまうような、そんな気もしている。

 今もまた、命令するような口調でそう告げて来るも、大人しく言われるがままになる事がないよう自分を教育してきたのは他ならぬラウネー自身なのだ。

 元々、自分もまた他者の命令を鵜呑みにするような素直さとは縁が無かったが。

 とはいえ、急に力が欲しいかと問われても困惑するしかない。



「まったく、相変わらず素直じゃないわね」


「教育の賜です」


「引っぱたくわよ? ま、真剣な話の前に見せた方が良いわね」


「真剣な話? っ!? こ、これは……!?」



 どうしてもそんな軽口を叩かずにはいられなくなったものの、ラウネーは口調だけを荒げながらそう言うと、なぜだか表情の妖艶さが増したように感じる。


 そして、再び背中に冷たい何かが落ちたその時、周囲の空気が一変した。



「な、なにを??」


「気取られると後々面倒だからね。ちょっとした細工よ」


「ラ、ラウネー?」



 そんな周囲の様子に目を見開くも、彼女から帰ってきた返答は変わらぬ軽口。

 だが、彼女の声を聞いただけで、全身が凍りついたかのような気がする。

 なんとか、顔を動かして彼女へと視線を戻すと、そこにあったのはそれまでの女神めいた美貌の女性ではなかった。



 黒の入り混じった紫色の光を全身に纏い、先ほどまでの不敵な笑みを見るモノを凍りつかせんとする妖艶な笑みへと代えてこちらを見つめている。


 刹那、眩い閃光と突風に晒され、思わず目を閉ざす。



 そして……。



「…………その姿は」


「どう? 驚いた?」



 ゆっくりと見開いた視線の先に立っていたのは、先ほどまでの金色の髪を揺らす女神の如き美貌の女性ではなかった。


 鮮やかな黒髪と赤き光を放つ眼。そして、黒髪の間から伸びる一対の羊角とその背にて揺れ動く漆黒の翼を持つ女性の姿。

 不敵な笑みと整った顔の作り。そして、今の姿には不釣り合いな白を基調とした神官服だけがラウネーという女の面影を残しているのみであった。



「亜人……と言うわけでは無さそうですね?」


「そうね。文献の中では、“魔族”と呼ばれる存在よ」


「“魔族”……」



 そして、そんな彼女に気押されそうになりながらも口を開いたのは、彼女の姿に対する言葉。

 単純な外見は人間のそれであったが、頭部に生えた羊角と背中にて揺らめく漆黒の翼は、どう考えても人が持ちうるものではない。


 だが、今の彼女をして何よりも異質に感じるもの。


 それは、正対するだけで畏怖を覚えるその姿……。記憶の中にあるとある高貴な人達だけが持ちうるオーラというべきものが彼女からは感じられるのである。



「ええ。そして、私の本当の名はヒュプノイア。かつては、魔王ヒュプノイアと呼ばれていたわね」



 そして、自分の呟きに頷いた彼女は、肩を竦めながら自身の過去をゆっくりと語りはじめた。

明日は朝8時と21時前後に投稿予定です。

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