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第3話

 男に連れられて邸宅を出たのはその日の夕刻だった。


 それまで、男に連れて行かれた邸宅の離れにて、着替えや旅の仕度をしていたのだが、その際に自分を見張るような視線を向けながら旅の仕度を調える侍女二人から男に関する情報を得ていた。


 どうやらカリーヌの命を受けている様子であったが、情報を収集にはこの二人から行う以外には無い。


 まず、男の名はオルフェノ・ロリシオン。


 自分の祖父に当たる人物であり、この邸宅の主人。

 さらに、ここはオルフェノが仕える国家、パルティア王国の王都アヴェスターと呼ばれる地であることが分かった。

 オルフェノに関しては、リゼラと似た感じの顔立ちや同じ栗色の髪から肉親であることは察していたが、リゼラの年齢から考えると非常に若く見える。

 渡された衣服や建物などの様子から、元いた時代よりは過去になると思われるから、若くして婚姻や子を得たりする機会には恵まれたのかも知れないが……。

 さすがに、自分の祖父の事が分からないと言うのはまずかったのか、侍女達の見る目が厳しくなったのはまずかったかも知れない。


 とはいえ、この地から離れるのであれば、考えても意味無いこと。


 現に自分は祖父とともに屋敷を去り、見知らぬ土地へと旅立とうとしているのだ。

 そして、馬で数日の距離を経た町に辿り着き、抱き上げられながら馬から下りると、そこにあったのは落ち着いた作りの建物。

 周囲の建物とは異なり、壁の作りなども丁寧で、古いながらも崩れ落ちているような箇所は見られ無かった。



「ここは?」

「おう。ここは、パルティア国教会の神殿だ。裁きの神ジェノーラと罰の神イリュアを祀っている。名目上、あらゆるものに対して平等を謳っている」


「名目上とは失礼ですわね。ロリシオン閣下」



 そんな建物に対する疑問を口にすると、オルフェノは建物を一瞥した後、肩をすくめながらそう答える。

 名目上。と言った言葉にはなんとも皮肉めいた声色が隠されており、建物の側から歩み寄ってきた人物が苦笑している。



「久しぶりだな、ラウネー。相変わらずの美人だが、まだ嫁のもらい手がねえのか?」


「生憎と。それに、私は神にお仕えする身ですから」


「なるほど。ま、イリュア神の嫉妬を煽らないよう注意するこった」


「ふふ、それで、その子が?」


「ああ……、ジェノン神官長はどうした?」



 声をかけてきた女性、ラウネーはオルフェノの軽口に対し、にこやかに笑みを浮かべて答える。


 たしかに、女神が嫉妬してもおかしくないと思えるほどに、彼女の美貌は一種の神々しさすらも感じさせる。

 それも相まってか、ただの美貌の神官ではないように思えるほど、向けられた眼差しは心の奥底まで見通すかと思うほどに深いものだ。

 立場とすれば神官長と呼ばれた人物の側近か何かなのであろうが、底知れぬ恐ろしさを感じずにはいられない。



「それが、閣下とは入れ違いになってしまったようで、なんでも本殿にて変事があったとか」


「何?」


「各地の神官長が一同に会しておりますが故、極秘裏の事であるとは思われますが……、当面は御内密に」


「よかろう。…………それでだ、話は聞いていると思うが」



 そして、オルフェノの問い掛けに声を落としながらそう告げるラウネー。


 返事と聞いてオルフェノの表情も引き締まるも、それ以上を告げることはなく、短いやり取りで二人の話は変わる。



「ええ。お名前は?」


「……ああ、そのな」


「フソラ。と呼ばれておりました」



 表情を緩めたラウネーが自分の前に立ち、膝を折ってオルフェノと自分を交互に見つめる。

 だが、名を問われて、オルフェノは一瞬言い淀む。

 何故かは分からないが、とりあえずはリゼラに呼ばれた名を告げておけばよいと思い、口を開いた。

 だが、その瞬間にラウネーの表情が凍りつく。



「閣下……、どういう?」


「子どもに付ける名ではないな」


「……なるほど。マリージィ女史からの伝の意味が分かりましたわ」


「彼女はなんと?」


「……奴隷として売り払おうが、男娼として仕込もうがかまわぬ。と」


「まったく、あの女は……」


「閣下に告げてもかまわぬ。とも申されておりました。戯れとは思っておりましたが、彼女の亜人嫌いは少々行きすぎているようにも思われますわ」


「世間はこんなモノだ。だからこそ、君達に孫をな」


「ええ……。ですが、この様な名は……」



 やや剣呑な雰囲気の中、互いに頭を抱えるような素振りを見せるオルフェノとラウネー。どうやら自分の名を端に発した問題であるようだったが、そこにカリーヌが絡んでよけいに面倒な事態に直面しているらしい。

 だが、今の自分にそれに介入する事は無理であり、状況に身を任せる以外には無い。

 ただ、ラウネーが自分の名を呼ぶことを忌避する事は気になる。



「私はかまいませんよ。せっかく与えられた名ですし」



 とはいえ、名前ぐらいで揉められても馬鹿馬鹿しいし、自分が気にしていなければ問題はないと思う。

 だが、こちらの思いとは裏腹に、目を見開いたままこちらに顔を向けてきた両者の表情が驚きのままに凍りついている。



「……閣下。お孫さんはいったいお幾つなのですか?」


「三歳になったばかりのはずだが……」


「あっ……」



 目を見開いたまま、オルフェノに対してそう問い掛けたラウネーとそれに答えオルフェノ。

 当然と言えば当然で、先ほどの自分の発言は三歳の幼児がするそれではない。

 自分の姿を知る術がなかったとは言え、状況が掴めないままにの言動としてはあまりに軽率であった。



◇◆◇



「それじゃあ、この部屋を使ってくれる? 私の部屋はすぐ隣だから、何かあったら来て」


「分かりました」


「それと、明日からの事なんだけど、朝起きたら身を清めて拝礼。その後は朝食の用意と神殿内の清掃に取りかかるわけだけど、貴方は私と一緒に清掃担当をしてもらうわ。終わったら、朝食を取って再び拝礼をしたり、町での奉仕活動などに出てもらう。空いている時間は自由にして良いわ」



 オルフェノと別れ、神殿内へと案内されると、ラウネーは明日からの事を簡単に説明してくれた。


 途中、すれ違った神官達が訝しげな表情を浮かべていたことは気になったが、カリーヌ等の反応から察するに、獣人。今の自分のように、動物と似たような耳や尾を持った人間に対する忌避感は強い世界らしい。

 ただ、今の自分にとっては、他人の忌避よりも、目の前にいる女性の内心の方が気にかかる。



「はい……その、先ほどの事は」


「大丈夫よ。私も閣下以外の人が信じられるような話じゃないわ。閣下はショックだったみたいだけど、それで貴方を無碍にするような人ではないわ」


「しかし、私は」


「別に、あなたがなんであれ、私は気にしないわ。むしろ、礼儀とかを弁えてくれてるみたいだから楽で良いわよ」


「そうですか」


「ただ、他の人の前ではボロを出さないことね。子どもみたいに振る舞うのは無理だろうけど、大人しい振りでもしていた方が良いわ」


「気をつけます」



 先ほど、二人の会話に割って入っていた自分。

 ただ、それはあまりに実年齢とはかけ離れた言動であり、大人二人を唖然とさせてしまった。

 そして、この二人は口先で騙せるような人間でないことははじめから察していたため、自分はさっさと現状を吐き出してしまった。

 自分にはおかしな記憶が有り、元の子どもとしての記憶は消えている。だから、オルフェノのことが誰か分からなかったし、カリーヌとリゼラのやり取りも困惑するしかなかった事などを。

 はじめは驚きのあまり沈黙していた二人であったが、どうやらそれまでの落ち着き様からどこか引っ掛かりがあったこと。

 また、自分が予想したように、ただ人というわけではない二人は、冷静に自分の言動を受け入れてくれ、今に到っている。

 当面はラウネーに頼り切りになるであろうが、変わり者と言った評価でももらえれば多少は動きやすくなると思う。



「それより、せっかくの機会だから、しっかり勉強しなさいな。どうやら、頭の出来は良さそうだしね。私も、教えられることは出来る限り教えてあげるわ」


「ありがとうございます」


「意外と素直なのね。それにしても、いいの?」



 そして、口元に笑みを浮かべながら、教師役を買って出てくれたラウネーに対し、頭を下げると彼女は照れくさそうに笑う。


 だが、すぐに笑みから表情を改めて問い掛けてくる。



「何がですか?」


「名前よ。カリーヌ女史が主導したらしいけど、はっきり言うけど、良い名前じゃないわよ?」



 名前。これは、自分のことの世界における『フソラ』と言う名前のことだ。


 そして、この『フソラ』と言う名前なのだが、その意味するところは、『堕落』だそうだ。



「両親の不義によって生まれた半獣人。カリーヌ様は私のことを“獣”と呼んでいましたが」


「酷い話よ。別に、貴方が悪いわけじゃないのにね。だからこそ、新しい名前をもらって生活することも悪くないと思うわよ? 神官として過ごすなら、実家と関わることもほとんどないでしょうし」


「別に良いですよ。嘘であれ真実であれ、せっかくもらった名前です」



 頭に生えた両の耳を撫でながらラウネーの言に答えるが、今更名前の意味を気にしても仕方がないと思う。

 名前に関して言えば、本来の自分の名は別にあるのだ。今の『フソラ』と言う名は通称のようなモノ。別に気にはならない。



「そう……、貴方がそう言うならいいけどね」


 そして、そんな自分の態度に、ラウネーはなおも眉を顰めつつも、それ以上言葉を継げようとはしなかった。




「ふう……」



 ラウネーが退室すると、宛がわれたベッドに身を投げ出す。


 まだ、三歳ぐらいだと言う事もあり、すぐに睡魔が襲ってくる。たった一日しか経っていないにも関わらず、色々と大きな事がありすぎたのだ。身体は当然疲れ切っている。


 ほどなく、自分の意識は眠りの中に沈んでいった。

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