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第2話

 驚きのこもった視線を向けてくる女性。

 当然、見覚えのない女性であるのだが、なぜだか、以前から知っているような、そんな気がしている。



「あなたは……」


「フソラ? それが、私の名前か?」


「えっ!?」



 とりあえず、“フソラ”と呼ばれた事に対して問い掛けるも、女性は何が起こったのか分からない。と言った表情でこちらに視線を向けてくる。

 そして、そこまで言って自身の軽率な発言に気付く。

 今の自分は子どもの姿である。

 見た目から、まともに口を聞けるかも分からないにも関わらず、普段と変わらぬ発言をしてしまったのだ。



「え、えっと……」



 慌てて取り繕おうにも、それが却って女性の混乱を煽ってしまったのか、顔を押さえながら膝をつく女性。

 その拍子に手からこぼれ落ちた壷がガシャリと音を立てて割れる。



「ごめんなさい。ごめんなさい……」



 そして、自分を抱き寄せると、途端に嗚咽をはじめた女性に、それ以上何かを問い駆けることは出来なかった。



「え、あ、あの……」


「リゼラ、どうかしたのかい?」



 そんなリゼラと呼ばれた女性の行動に困惑気味に口を開くが、彼女からの返事はなく、代わりにどこか気の強そうな女性の声が耳に届く。


 顔を上げると、リゼラと良く似た衣装に身を包んだ黒髪の女性が木々の間から姿を表し、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。

 リゼラよりは一回りほど上の年齢であろうか?

 リゼラの栗色の髪に対し、女性の黒髪はよけいに年齢的な落ち着きを見せているように思える。

 そんな女性に対し、自分を抱き寄せる力を強めながら視線を向けるリゼラ。

 その身体はなぜか小刻みに震えている。

 明らかに、女性に対して恐怖している様子であったが、その答えはすぐにわかった。

 リゼラにつられるように顔を上げ、視線を向けると、女性はそれまでの気の強そうな目元に、あからさまな嫌悪の色を――先ほどの賊徒達が浮かべていたモノと同じようなそれを浮かべてリゼラへと向き直る。



「水汲みもまともに出来ないかと思えば……、まだ、あきらめていなかったのかい?」


「そ、それは……」


「なんだいその目は? 自分の不義で、自分を不幸にしているんだから自業自得だろう」


「わ、私は……」


「そんな不義は働いていないとでも? じゃあ、あんたが抱いて居る獣はなんなんだいっ!?」



 そんな時、突如として突き付けられる指先。


 突如、始まった修羅場に、唖然としたまま身を任せるしかなく、ただただ困惑するだけだったが、“獣”と呼ばれたのは、やはり頭に生えた虎耳が原因なのであろうか?

 それとも、子どもながらに、五人もの大人を殺してしまえるほどの技量が原因なのか?

 もっとも、二人はそのような事実は知らないだろうが。

 それと同時に、リゼラと呼ばれた女性が“不義”を働いたという言葉が妙に引っかかる。



「なんだい、その目は? まるで噛みつこうって言う犬猫みたいじゃないか」


「義母様、……カリーヌ様、やめてください」


「ふん。健気なモノね。母子というのは」



 さらに眼光鋭く視線を向けてくるカリーヌと呼ばれた黒髪の女性。


 目の前で嫌悪を通り越して、殺意すらも入り混じった視線を向けられれば当然好意など抱けないし、職業柄、睨み返しもする。

 正直なところ、そこいらの姑と言われる類の人間が持つものよりも鋭い威圧感が向けられてきたのであるが、その辺りは慣れたものであった。


 ただ、カリーヌの言動からいくつか分かったこともある。


 やはり、自分とリゼラは親子であったのだ。はじめ見たときから、なぜだか良く知っているかのような気がしたのだ。



「何か言ったらどうなの? この女、お前の母親の不幸は誰のせいだと思っている?」



 そんなのんきなことを考えて自分に対し、カリーヌは再び口を開いてくる。



「お前と、その父親のせいだろう。獣人の分際で、権門たるロリシオン家の息女をたぶらかした身の程知らずの獣。それがお前の父親だ。父子共々大人しく死んでおけばよかったんだ」


「ち、違います。あの子とは何も……」



 さらに嫌悪に表情を歪めるカリーヌの言に、思わずリゼラへと視線を移すと、彼女は涙に濡れた目を見開いて、自身の無実を訴えかけるように口を開く。



「じゃあ、この小僧はなんだって言うんだいっ!!」



 だが、それはカリーヌの更なる激高を呼び、罵声とともに、頬を張る乾いた音が耳に届く。

 同時に、それまで倒れ込んだリゼラに巻き込まれる形で地面に投げ出されるが、すぐに立ち上がると再びカリーヌに対して正対する。


「獣に凌辱されたことには同情してやった。義理とは言え、息子をわざわざ婿入りまでさせた。なのにっ」


「そのくらいにしてあげてはどうです?」


 そして、更なる罵声をリゼラへと浴びせるカリーヌに対し、さすがに黙っているわけにはいかなかった。


 正直なところ、事情が分からず困惑していた自分にとって、身辺に関する情報は得る事が出来たわけだが、さすがに嫁姑戦争をこれ以上続けられては敵わない。

 と言うよりも、自分が目の前から消えなければこの二人の女性に平穏が訪れる事は無さそうだった。



「……っ!? もう、まともに話せるほどに成長したって言うのかい? まったく、恐ろしい獣だね」


「さっきの連中も同じような事を話してくれましたよ」


「ええっ!?」



 そして、自分の言に目を見開くカリーヌと唖然とするリゼラ。


 どうやら、先ほどの男達は彼女等に雇われていたのだろう。

 おそらくではあるが、カリーヌは男達が自分を逃がしたのだと思い、リゼラはなんとか逃げられたことに安堵を覚えていたと見える。

 だが、今自分が口にしたのは、男達に口を割らせたということを遠回しに告げている。


 だからこそ、二人の驚愕はさらに増している様子だった。



「恐ろしいね、いっそ闘技奴隷にでも」


「カリーヌ様っ!! そ、それだけは……」



 その美貌を歪ませながらそう呟いたカリーヌに、リゼラは縋りつくようにしてそう懇願する。

 なんとか自分を守ろうとしてくれている様子だったが、それもこの場では逆効果でしかない。



「うるさい、離しな」


「きゃっ」



 そんなリゼラを突き飛ばしたカリーヌは、その美貌をさらに歪ませて自分を睨み付けながら、口を開く。



「ふん。……覚えておくんだね小僧。お前はただの厄介者だ。どう生き長らえたのかは知らないが、誰にも必要とされず、存在すら許されない獣さ。分かったら、獣は獣らしく、野を這いずり回って野垂れ死ぬがいいさ」


「…………っ!?」



 その言の葉は、嫌悪に、いや殺意にすら満ちているほどの言葉。


 彼女にとって、幼く、何の害意を見せようもない自分ですら、存在することは許せないと言う事なのだろうか?

 いや、実際に自分は男達を葬っている。他者から見れば、嫌悪しても当然の存在なのかも知れない。



「そ、そんな」


「なに、母親面をしているんだい? こいつがこんな目に遭っているのは、お前のせいだろう」



 そして、そのあまりの言動に抗弁しようとするリゼラであったのだが、カリーヌの鋭い指摘に目を見開き、身体を震わせる。



「まったく、今更母親面かい? 法術を使ってこいつを始末しようとしたのは誰? こんな高度な術を使えるのはこの辺りじゃあんたぐらいしか私は知らないよ。相変わらず、とんだ食わせ物だよ」


「っ!?」


「法術?」



 さらに言葉を続けるカリーヌの言に、表情を凍りつかせるリゼラ。そんな様子に、さきほど見た衣服の汚れを思い返す。

 今は乾いてしまっているが、全身の到るところには出血の痕がある。

 だが、衣服が破れたりしているわけでは無いため、何が起こったのか見当もつかなかったのだ。

 だが、今カリーヌが口にした“法術”と言う言葉。これが何某かのヒントになるかも知れない。


 そう言えば、賊徒の一人が“呪い”などと口にしていた気がする。



「まだ居たのかい? 獣はさっさと消えなっ」


「っ!? 言われなくてもっ!!」



 しかし、それを探ることは敵わず、自分の言動を耳にしたカリーヌの罵声に、さすがにこれ以上ここにいる気にはなれなかった。



「フソラっ」



 カリーヌとリゼラを一睨みすると、その場から駆け出す。

 背後からリゼラの声が聞こえたが、思い出も何も無い母親に対して振り返る義理など何も無い。


 それよりも、一刻も早くここから離れたいという思いの方が強かったのだ。


 だが、二人の姿が茂みの影に隠れてほどなく、駆けていた自分の身体が何かによって受け止められた。



「な、なんだ!?」



 予期せぬ衝撃に驚きつつ顔を上げると、そこには口を真一文字に結んだ少壮の男の姿。

 静かに自分を抱き上げた所を見ると、どうやら顔見知りのようであるが、その視線は自分の元にはなく、リゼラとカリーヌがいるであろう森の中に向けられている。

 言葉自体は性格に聞き取れないが、カリーヌのモノであろう罵倒じみた言動は今も続いている。



ぼう。行くぞ」


「え?」


「ここは、お前がいるにはちょっとばっかし居心地が悪い。なあに、ちょっと静かなところに行くだけだ」



 そして、その声に力無く首を振った男は、自分に対して親しみのこもった笑みを浮かべると、自分を抱き上げたままゆっくりと踵を返す。

 木々の合間から、落ち着いた作りの邸宅が見え始めたのはそれから間もなくのことであった。

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