表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

第17話

非常に残酷な描写がありますのでご注意を。

 立ちこめた煙と男達の罵声や女達の悲鳴。そこに咽せ込むような声が入り混じった室内にあって、ソフィーは気だるい身を起こした。


 それまで横たわっていたのは、単純に疲労が極みに達したことと、男達から告げられた真実の数々。



 彼女にとって、父親をはじめとする一族は誇りであった。他の権門とは異なり、法の守護を司り、民を慰撫し、王家に成り代わって国家の守護者たらんとしていると。

 宿敵という間柄にあるロリシオン家……、特に前当主であるオルフェノなどは尊敬できる人物であるソフィーは思っていたが、それでも彼の活躍は父をはじめとする一族の後援があったからであるとも。


 ――そう思っていた。


 だが、現実はどうなのであろうか。軽蔑にしか値しない若者達の言……、法を司る立場にありながら、それを悪用して財を無し、今の地位を築いていると。

 歴代の一族も、下々の民には厳格な法と行き過ぎとも言える懲罰を使役し、国家を統制したが、他の権門。特に力のある人物などの不正は見逃し、ついには賄賂を得て法を曲げて来たこと。

 そして、今の地位もまあそれらの蓄財の結果であることなどを聞かせれてきた。

 それは、彼女がそれまで信じていたことのすべてを容赦無く打ち砕いたのだった。


 事実として、彼女は真実を知らぬまま今日まで生きてきていた。自分自身の力で真実を知ろうともしなかった。

 だが、それでも彼女が信じる一族の在り方に従って彼女は生き、時には一族の者と対立することもあった。

 そこまで自身の信念や一族の正義を信じて生きてきたのである。

 今の無気力さは、自身の無知さと実家に対する絶望感に苛まされた結果でもあった。



「くっそっ!! なんだったんだ、あいつは……」


「あの神官だろ。どうやってここまで来やがったんだ?」


「分からぬ。だが、この件は神殿に報告しておく必要があるな。まあ、本殿もヤツのことは煙たく思っていたようだが……」



 消火を終えたのか、悪態をつきながら部屋に戻ってくる若者達。先ほどまで酒盛りをしていた者達に加え、半裸の者も数人居る。

 攫われてきた女性達に暴行を加えていた者達であるが、そんな者達の姿に、ソフィーはいずれ自分もあのような男達に……という思いが脳裏を掠め、思わず目をつむる。



「おいおい、こっちは囚われのお姫様気取りで、向こうは白馬の皇子様気取りか? まったく、揃いも揃って……。おい、聞いていたか? 王子様が助けに来てくれたとよ」



 しかし、ソフィーが目を固く閉ざすも、バンダナをした若者は彼女の顎を掴むと、乱暴に持ち上げ、苛立ちをこめてそう口を開く。


 そんな男の態度に、ソフィーが侮蔑を込めて睨み付けると、男はその態度が気に入らなかったのか、躊躇うことなく彼女の頬を張る。

 鎖で縛られた彼女に逃れる術はなく、口の中が切れて鮮血がソフィーの口元からこぼれはじめた。



「そのくらいにしておけ。助けが来たと言うことは、あの男も必死と言う事だ……。まあ、協定違反であるし、いっそ目の前で辱めてやるか?」


「っ!?」


「叔父上、それでは身代金は……」


「助けを寄越したと言う事は、はじめから払うつもりなどはない。まあ、あの男が娘の凌辱如きに動揺するとは思えんが、意趣返しにはなろう」



 暴行を宥めた貴族であったが、彼が考えていたことは現状行われている暴行よりも凄惨な事であった。

 実際、誘拐に対して、金銭などによる解決がならず、救出に失敗すれば被害者の運命はほぼ決まってしまう。


 ソフィー自身、戦場などにあって囚われの女がどのような目に遭うかは学んでいる。だが、今この場にあっては泣き叫ばないことを褒めるべきであるだろう。

 普段から、誇りや意地とともに生きているのである。お嬢様然と言うか、高飛車な振る舞いもそのような誇りや意地から来る自己主張であるとも言えるのだ。

 この辺りは、高貴な生まれであるが故に既存の在り方を否定する形で問題児となっているユフィアの自己主張と似ているかも知れない。



「いっそ、殺せ……っ!?」


「むっ!? な、なんだ?」



 そして、そのような事実を目の前に、絶望からの解放を願って発する辞世。

 だが、それを言いかけたソフィーの、そしてその場にいる全ての者達の耳に、激しい爆発音とともに、洞窟内が崩れんばかりの震動が襲いかかる。




「じ、地震か?」


「であれば、爆発などせんっ」


「ほ、報告します。硝花の水槽に何者かが火を放ち、爆発をっ!!」


「何をやっているっ!? 早く消さんかっ」


「し、しかし、爆発が」


「聞こえなかったか? 消せと言ってるんだ。何人死のうとかまわん。絶対に消せっ!!」



 途端に慌ただしくなる室内に、薄汚れた衣服の男が駆け込んでくる。


 麻薬中毒によって、ここから離れられなくなった人間で、麻薬との交換条件に作業に当たっているのだが、当然、貴族にとってはそんな男達の扱いなど奴隷以下のものである。



「ですが、叔父上。彼らでは焼け石に水では?」

「む……。ええい、これもヤツの仕業かっ!!」



 怒鳴りつけるように男を追い返した貴族であったが、甥である貴族風の若者の言に、苦虫を噛むような表情を浮かべる。



 硝花という毒素を含んだ花が中毒性のある麻薬を生み出しているのだが、これがやっかいな代物で、極めて可燃性の高い植物なのである。

 そのため、水に浸して可燃物質の分離を行っていたのだが、分離中の水槽に火が入れば、単純に花が燃える以上の被害が起こる。

 となれば早めの消火が求められるが、現状作業場は灼熱地獄であるだろう。水や風の法術を使役できる人間が居なければ、解決できるはずもない。




「ええいっ。忌々しい。みんな来いっ!! 私が火を消している間に、ヤツを見つけ出して殺せっ!! 必ずだっ!!」



 そして、そんな事実に貴族は調度品を斬りつけながら若者達に対してそう叫ぶと、肩を怒らせながら部屋を出て行く。

 そのあまりの剣幕に、若者達は顔を青ざめ、慌てて後を追っていく。



「……貴方は、行きませんの?」



 そして、ソフィーと遊女達だけが残された部屋にただ一人、バンダナを付けた乱暴な若者が残る。

 貴族達の不幸を下品とは思いつつも鼻で笑ったソフィーは、一人この場に残ったその若者を不信に思い、壁へと身を寄せながら問い掛ける。



「ああ、行くぜ? だが、あれが燃えたんじゃ簡単に火は消えねぇ。加えて、あの神官はお前を狙っているんだ。待ち構えて殺してやった方が早い」


「あなた如きが敵う相手ではありませんよ?」


「どうかな?」


「ぐっ!?」



 そう言うと、若者は野卑た笑みを浮かべてソフィーの胸ぐらを掴み、顔を寄せてくる。



「忘れるなよ? お前がここにいるって事をな」


「は、離しなさい……っ」


「ちっ、口の減らねぇガキだ……。貴族の叔父貴は見せしめにしてやると言っていたが、遅くも早くも変わらねえ」


「な、何をっ!? は、離しなさいっ!?」



 そして、若者はそれまで隠されていたソフィーの衣服に手をかけ、破られた箇所を再び露出させる。



「けっ。大貴族だかなんだか知らねえが、生意気な口を叩いているんじゃねぇっ!! 女に生まれてきたことを後悔させてやるっ」


「い、いや、や、やめてっ!!」


「今更、そんなっ、――がっ!?」



 そして、今まさにソフィーに襲いかからんとした若者であったが、風とともに彼に組み付いた影。

 その影から伸びてきた、鋭い爪を持った腕が若者の首に鋭く食い込む。


 喉元を抑えられ、一瞬にして絶息させられた若者は、声を出すことも出来ず、先ほどまでの威勢の良さは消え去り、もだえ苦しむような表情を浮かべる。

 そして、食い込んだ爪はやがて若者の首筋から赤い血を滴らせ始めたかと思うと、ぐちゃりという音を立てて、若者の首筋を抉りとった。



「ひいっ!?」



 そんな光景に、思わず目を背けるソフィー。部屋の隅で震えていた遊女達も、一斉に悲鳴を上げている。

 そして、目を背けたことで何が起こっているのか分からなくなったソフィーの身体に、フワリとした何かが覆い被さる。



「な、なにっ!?」



 思わずそんな声を上げると同時に、肩を力強く掴まれる。

 一瞬、息が止まるかと思ったが、それで叫び声を上げなかった事をソフィーは褒められるべきだろう。



「ソフィーっ!! 私が分かるかっ!?」


「え?」


「昼間会った神官だ。覚えているかっ!?」



 そんな声に、一瞬呆気にとられたソフィー。だが、眼前にある見覚えのある表情と、聞き覚えのある声に、半日ほど前の記憶が繋がり始める。



「あなた、ユフィアさんの家庭教師の?」


「そうだ。待っていろ、鍵をっ!?」



 そして、思い返すと同時に、立ち上がろうとする神官――フソラの胸元にソフィーは縋りつくように顔を埋める。



「怖かっただろう……、だが、今は」


「分かっています。でも、少しだけ……少しだけで良いんです」



 一瞬、優しい声をあげたフソラは、その後困惑気味に口を開く。


 事態が切迫していることは、ソフィーにも分かってはいたのだが、それでも、今目の前にいる男にほんの一時でよいから身を預けたい。

 そんな気持ちが、ソフィーの胸の内を支配していたのだった。

なんとか、10万字までは到達できました。これからも宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ