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第15話

 男が立ち去った後に続くと、洞窟内はほんのりとした灯りに包まれ始める。

 その金緑色の光は壁一面ではなく、洞窟の上面から光を発しており、進むべき順路を示している。

 おそらく、人工培養されたヒカリゴケの一種だと思われるが、これは光を反射するのではなく、自身で光を発する種類の様だ。

 ただ、その光自体が弱いため外から確認するのは難しく、洞窟内部をわずかに照らしている。

 足元もきれいに整地されており、発見されないための工夫が幾重にも施されていると見て良いだろう。

 そうして、ヒカリゴケを辿っていくと、奥に灯りが見える。すでに通路と言えるほどに整地された洞窟。灯りはその先にある空間から漏れており、慎重に歩を進める。



「この臭い……中で製造していると言う事か」



 先ほど男が洞窟の入口で吐き出した紫煙。

 アレは煙草と似た形をしているが、煙の色は濃く、毒素もその分だけ強いモノだと思われる。そして、男は自分が尾行していることにも気づかず、一服終えた後は目を虚ろにしながら内部へと戻っていったのだ。

 そのような症状を考えると、内部にあるモノがなんなのか、だいたい予想がつく。



「麻薬か……。それに」



 覗きこんだ先には、巨大な空洞となっており、眼下では草花の水耕池とその周囲を流れる水路が方々に走っている。

 そして、水耕池以外の場所では大型の煮沸容器や竈、すり鉢、薬研などが並べられ、収穫された草花を加工している人間達の姿見える。

 そして、空洞の到るところには、壁にもたれかかってよだれを垂れ流しにしたり、生気を失った者達が大勢いた。

 そして、その周りをニヤニヤと笑みを浮かべながら見覚えのある男が徘徊している。

 先ほど、洞窟の入口で紫煙を吐き出していた男である。おそらくではあるが、彼も中毒者であろう。

 男が自分の気配に気付かなかったのは、快楽性を誘発する類のモノを吸ったからであろう。

 用途によっては集中力を増し、瞬発性を高めるモノもあるが、眼下で製造されているのは、多くが自我を奪うであると思われる。

 現に製造に当たっている人間……多くが様々な外見的特徴を持つ亜人であったが、その表情は乏しく目は虚ろである。

 ただ、本気で堕ちた状態になってしまっていては身体もまともに動かせない状態になってしまうのが普通であるから、いくつかの試作を経て生み出された特殊麻薬なのではないかと思われる。



「なるほど……、奴隷たちが抵抗する意志を見せないのは、境遇に対する絶望ばかりではないと言う事か」



 いくつもの文献を調べても、何をもって奴隷たちを統制しているのかまでは分からなかった。

 暴力等による支配が大半とは言え、戦で名を馳せた将軍や人間より遙かに膂力に優れる亜人種が簡単に奴隷的支配を受け入れるとは考え難い。

 だが、初期に比べて奴隷反乱はまったくと言って良いほど無くなり、上流階級は愚か、一般階級ですら、使用人として無抵抗の奴隷を得る事があるという事実。

 その答えが、眼下で製造されているモノにあるとすれば、権門たるアルベルト家の令嬢が誘拐された事情も理解できるし、リヒャルトがソフィーを冷徹に切り捨てようとした事も納得は出来ないが理解は出来る。



「まあいい。今はソフィーのことが先決だ」



 何にせよ、彼女のことを見つけ出さねば救出のしようがない。渡された懐中時計を見るに、時間はたっぷりとある。


 そう思うと、空洞内の暗がりの中へと静かに姿を眩ませた。


◇◆◇


 フソラが洞窟内に入ってから数刻。すでに宵の闇も深さを増しつつある。



「遅いっ!! なにやってんのよっ!!」


「殿下、落ち着いてください」


「ここで吠えてもフソラ殿には届かんぞ?」



 そして、ユフィアの苛立ちも増しつつあった。



「テトリ達も戻って来たし、こっちは準備万端だってのに……。ああ、イライラする」


「だから、落ち着いてください。今は待つしかありませんよ」


「そうそう。はいこれ食べて」



 必死に宥めるノルンの言もそこそこに宵の闇を睨むユフィア。

 そんな彼女に、テトリが調達してきたパンを渡す。よく一緒に遊んでいるため、ユフィアの好みは分かっているので、味付けも彼女向けになっている。



「はむ、上手い。って、そうじゃなくて。ああもうっ!! 私も行くぞっ!!」


「ええっ!?」



 一瞬、食べ物にありつけて気持ちを落ち着けたユフィアであったが、テトリがノルンの口にパンを押し込んだ一瞬の間に、ユフィアは駆け出してしまう。



「ちょ、ちょっと、お待ちくださっ」


「大きい声を出すな嬢ちゃん。姫様なら大丈夫だ。多分」



 慌てて後を追おうとするノルンを、小柄な体躯からは想像も出来ない腕力で抑えつけ、同時に声が通らぬよう口を塞いだギエル。

 件のお姫様が言いだしたら聞かないことは普段の付き合いから心得ており、フソラも自分以外がユフィアを抑えられないことぐらい認識しておいて欲しかったと言うのが彼の本音でもある。



「ど、どうすれば……」


「今は待つしかないよ。どうせたんこぶをこさえたお姫様が先生に引きづられて来るって」



 そして、一瞬の驚きからなんとか気持ちを落ち着けたノルンが、身体を震わせながら口を開く。

 いくら何でも危険すぎる行動であるし、フソラからはここで待つようにきつく言われていたことなのだ。

 とはいえ、テトリがのんびりとした口調で行ったこともまた事実であり、ノルンを含めた多くがその光景を容易に想像出来ると言うのも、普段の二人の関係を良く知るからこそのこと。

 それだけ、二人が危険に晒される心配は無いという安心感があったのかも知れない。



◇◆◇◆◇



 暗がりの中で光る水晶球。


 そこには、暗闇の中を走る黒銀の髪をもつ少女の姿が映し出されていた。その勝ち気な美貌は人の目を引くに足るだけの魅力を纏い、立ち姿からわき出る気品は粗暴に振る舞っていても消すことは出来ないほどのモノである。



「なかなかやるな……。しかし、軽率であったなフソラ・ロリシオン。貴様が我らの目をかいくぐっても、目付のお姫様にそこまでの意識はない」



 そんなユフィアの姿を追う男。フソラが消えたであろう、洞窟内へと足を踏み入れた彼女は、男の目をかいくぐって行動を続けるフソラの元へと彼を誘ってくれるだろう。



「それでいい。貴様が王女や小娘共々死ねば、麻薬製造の大元が表舞台に出ることも無し。あの愚かな男も終わりだ」



 そう言ってほくそ笑む男。


 ほどなく、水晶球から光を消し、窓辺へと立つ。

 そこから見えるのは、パルティア王国王都アヴェスターの夜の街並み。それを見つめつつ、男は自身の手にしたとあるモノを周囲に巡らせる。

 男の周囲を鋭く舞うそれが鈍色の光を放つ中、男は再び口を開く。



「自身の手を汚さず、忌々しき存在を葬り去る。……まさに魔女や悪魔の所業だな」



 自身の一応の主たちの居丈高な表情を浮かべつつ、男はそう言って苦笑する。



 そして、そんな笑いが消えた時には、男の姿は水晶球とともに闇の中へと消えていた。

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