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第1話

 柔らかな何かが身体に触れたような気がした。


「?」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、闇に沈んだ意識に光が灯ると、それが徐々に広がり、やがて瞼越しの世界を灯す光となっ行く。



「……どういう、事だ?」



 ゆっくりと目を見開くと激しい光に一瞬目が眩むが、やがて木々の合間から差し込む光が目に映る。

 身を起こしてみると、見覚えのない木々の合間に自分は倒れていたようだった。



「何故、この様なところに? 捨てるなら、バラしてから埋めると思うが……」



 その前に何故生きているのかという疑問もあったが、考えてもどうしようも無さそうなことである。

 処理に手を抜いて蘇生したのかも知れないが、額を撃ち抜かれて生きている人間などいるはずもないのだ。



「傷は……む?」



 全身に穿たれた銃創を探るも、目に入ってきたのは思いがけない光景。

 衣服に乾いた無数の血の跡がついていることは確認できたのだが。



「なんだ? 子どもの手?」



 そう口にして、今目の前に広げられている両の手を凝視する。


 何度か握りを繰り返してみても違和感はなく、自分の意志通りに動くその手は、まるで子どものように小さく、滑らかな肌と弾力がある。

 以前の自分のようなゴツゴツとした肉刺の痕などは一つも確認できなかった。



「いったい、どういう……っ!?」



 そんな自身の子どものような手を見つめ、困惑したまま立ち上がろうとすると、今度はひんやりとした感触の硬い感触を両の手に感じる。

 握りしめながら立ち上がると、それは、銀色の塗装が施された筒状の物質。


 所謂“銃”と呼ばれる武器であった。


 弾倉を確認すると、ちょうど装填した状態で倒れ込んだこともあり、弾は揃っている。

 子どもの身体?で撃てるかどうか分からなかったが、それでもないよりはマシだった。


 とはいえ、何故子どものような身体になっていて、使い慣れた銃が転がっているのかと言う疑問は残る。



「……もう何が何だか分からん。とりあえず、誰かいないか?」



 だが、答えは出ず首を振るうしかない状況。そして、そんな呟きに答えるかのように、数人の男の声が耳に届く。



「まったく、わざわざ確認して来いなんてめんどくせえな」


「その上、ばれないように埋めちまえだとよ。金払いは良かったが、なんでガキ一人に」


「文句を言うな。子どもとはいえ、獣の血だぞ? きっちり、止めを刺さないからこんなことになるんだろ」



 そんな荒々しい声に、慌てて茂みへと身を隠す。

 物陰から先ほどまで自分が倒れていた所に視線を送っていると、ほどなく、粗暴な雰囲気の男達が姿を見せ始める。

 衣服は薄汚れ、顔は無精髭で覆われている男達。なんというか、所謂“賊徒”と言うモノの雰囲気にピタリと合っているように思える。



「お、おい、どこに行ったんだっ!?」


「だから言ったじゃねぇか。手負いになって、本能剥き出しになったらどうする気だ?」


「うるせえなっ!! 探せ探せ」



 そんなことを考えている間に慌てはじめる男達。やはり、自分を探していたようで、大慌てで付近の森や茂みを探りはじめる。


 茂みに隠してやり過ごすべきか、それとも意を決して逃げるべきか。


 先ほどの物騒なもの言いを考えれば、捕まれば無事では済まないことは容易に想像が付く。



「くそっ、この身体では……」



 とはいえ、突然の事態に対応のしようがないというのも事実。元々の自分であれば、五人ぐらいは楽に倒せたが、今は子どもの身体であると思う。

 小さな茂みに身を書くことが可能なのだ。であれば、静かに隠れている方が良いのではないか?

 と思った矢先、茂みの中に手が伸びてきた事に気付き身を捩るも、予想外の痛みが腰の辺りに走る。



「ぐっ!? な、なんだっ!?」


「こんなところに居やがったか。ちっ、暴れるんじゃねぇっ!! 引っこ抜いちまうぞっ!!」



 あっさりと見つかり、茂みの中から引っ張り出される形になったのだが、いったいどこを掴まれているのか、腰の辺りに激痛が走り、何やらゆっくりと身体が回されている。

 引っこ抜くと男は言っているが、何が何だか分からなかったのだ。


「おいおい。もう傷はほとんど塞がってるじゃねぇかっ!?」


「散々いたぶってやったはずなのに。化け物がっ」


「呪いをも破られたとおっしゃっていたが、やはり恐ろしいな」



 そんな自分の状況などお構いなしに、男達が嫌悪の表情を浮かべながら口を開いている。

 傷等々に関してはこの男達によるモノである事は分かったが、化け物だの呪いだの物騒な言葉が並んでいるところを見ると、やはり自分を殺そうとしているぐらいは容易に想像が付く。



「どこの組のものだ? やり方が雑だぞ」


「な、なにっ?」



 そして、状況をなんとなく察すると逆に落ち着きもする。


 現実逃避とも言うが、とりあえず、腰の辺りが痛い以外は男達の方も動揺している様子なのだ。



「も、もうしゃべってやがるぞ?」


「当たり前だろ。それより、降ろせっ!!」



 なぜか、口を開いたことに動揺している男達だったが、それならばこちらとしてはありがたい。

 幸い、逆さまに釣り上げられているとはいえ、衣服の間にしまった銃は二丁とも見つかっていないのだ。


 となれば、後は身体が言うことを聞くかなのだが……。



「さ、さっさと殺しちまえ!!」


「おうっ」



 そうこうしている間に、再び虚空へと放り出される身体。しかし、それは腰の痛みとともに制止すると、大地に向かって振り下ろされる。

 身体を捩ると、茂みの側にあった岩に叩きつけられようとしている事が分かった。



「っ!!」



 刹那。身体の脇を通過しようとしている男の顔が目に映る。

 今は自分を殺すことだけに意識が向いており、顔は完全に無防備である。そう思ったときには、躊躇うことなく男の目を指で抉っていた。

 よく見ると、子どもの手ながら鋭い爪が伸びており、目くらましのつもりが、手には柔らか何かの感触が伝わってくる。



「ぎゃああああああっっ!?」



 そして、地面に叩きつけられると同時に聞こえてくる男の悲鳴。


 先ほどまで自分を捕らえていた男が、目元を抑えながらのたうち回っている様子が目に映る。



「な、なんだと」


「よそ見をしている場合か?」



 それに対し、動揺と困惑が入り混じった男達。だが、躊躇っている暇はない。


 口を開くと同時に、衣服に隠していた銃を両の手に取ると、躊躇うことなく引き金を引いていた。


 乾いた音が周囲に響き渡ったのは、その刹那のことであった。



◇◆◇



「森はそれほど深くはない。……川があるな」


 血の匂いが漂う木々の合間から家屋のようなモノがいくつか見えている。


 突然のことで周囲を見渡す余裕は無かったが、どうやら街中に残された森林の中のように思える。


 先ほどの男達を茂みに隠すのに手間取り、身体は消耗している。なんとか一息つきたいところではあるのだが。

 水の流れる音が耳に届く。

 川か何かがあるのだと思ったが、予想以上に足は進まず、目的の場所に辿り着くことが出来ない。

 そして、小さな小川が目に映った時には、息が切れるほど身体は消耗していた。



「はぁはぁ……っ、やっぱり、子どもに……」



 小川は陽の光を浴びて柔らかに輝き、水は澄んでいる。

 それを確認して顔から小川に倒れ込む形で水を喉に流し込み、ようやく一息ついたところで、川面に映った少年の顔を凝視する。


 まだ三歳かそこいらの子どもであろうか?


 これが今の自分なのかと思うと困惑しかないのだが、それ以上に目を疑う部分がある。



「耳……。これが、今の俺か……」



 川面に映った自分の姿を凝視するうちに、白と黒が入り混じった髪の間にてふわふわと揺れる何かが見て取れ、手で触れると、犬や猫を撫でた時のようなふわりとした感触が手に伝わる。

 最後の一人から聞き出した事の中で、自分が“獣”であるから、殺すように言われたという事を聞いている。

 その時はなんのことか分からなかったが、頭部に生えた耳、鋭く伸びた両手の爪、そして、先ほど男に掴まれていた尾。

 これらの姿をもって、自分を“獣”と呼んでいるのだろう。とはいえ、わけが分からないと言うのが本音であった。



「夢でも見ている。と言うのが正しいのか? それにしては、感触が……」


「え? フソラ?」


「ん?」



 先ほどから手に残った感触や発砲の震動はさすがに夢とも思えない。

 だからこそ、何が何だか分からないと言うのが本音であるのだが、そんな時、背後から静かに問い掛けるような女性の声。

 振り返ると、ゆったりとした衣装に身を包んだ、見覚えのない外国人女性が目を向けている。



 その目はどこか驚いたかのように見開かれていた。

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